スター社員の思考をAI化。「細田AI」らが担うAugmentation(能力拡張)の実装
MZ:AIと一緒に思考を深めるために、具体的にどのようなプロダクトを開発されているのですか。
中村:代表的なものとして、まず当社のスタープラナー・細田高広の思考回路をAI化した「細田AI」があります。一般的な生成AIで企画書を作ると、網羅的で正しくはあっても、「作り手の意志」が欠けた平均的なアウトプットになりがちです。そこで、あえて細田のようなプロフェッショナルの視点をAIに持たせました。企画に行き詰まった時、自分とは異なる切り口で壁打ちをすることで、発想の壁を突破する支援ツールです。

また、メディアプラニングにおいても、「自分の知恵×他者の知恵」というアプローチを取り入れています。あえて「大胆なAI」や「慎重なAI」といった異なる性格のAIエージェントを実装し、それらと対話しながらプランを練り上げることで、人間側の発想の転換を促しています。
さらに、「バーチャル生活者」という取り組みもあります。これはPC上に再現された生活者と常時対話し、「いい違和感」を見つけることで、データを見るだけでは気づけないインサイトを発掘するものです。

こうしたプロダクトを通じて私たちが実現しようとしているのは、AIを「思考のパートナー」とすることで、人間の創造性や専門性を拡張することです。ただ、どれだけ優れたツールがあっても、人間に「どうしたいか」という強い意志がなければ、AIは平均的な答えしか返さず、アウトプットは同質化してしまいます。だからこそ私たちは、単に便利なツールを作るのではなく、使う人間が「思考停止」しないための設計を何より重視しているのです。
あえて「脱コピペ仕様」に。エンジニアが込めた、思考停止させないためのUI/UX設計
MZ:ここからはエンジニアの岸本さんに、こうした抽象的な概念をどうシステムに落とし込んでいったのかを伺います。「細田AI」などの開発において、特に意識された点はどこでしょうか。
岸本:GPT-3.5が登場した直後から、「実在する人間をAI化するというアプローチ」に着手していました。世界的に見てもかなり早い段階での取り組みだったと思います。当初は、情報を入れれば自動でコンセプトが出るプロトタイプを作ったのですが、現場からは「なぜその案になったのか根拠を説明できない」「コンセプトとして物足りない」といった厳しい声が上がりました。そこで私たちは、単なる利便性よりも「使う人が自ら考え、独自の結果を導き出せる」設計にフォーカスを切り替えました。
MZ:あえて効率化しすぎない、ということですか。
岸本:そうです。実は開発当初、プロトタイプを現場メンバーと使って検証した結果、あることが分かりました。それは、最初の課題入力に「熱量」や情報の具体性がないと、AIからの回答精度が上がらないということです。
作り手が「こういうものを作りたい」という意志を込めなければ、AIも平凡な答えしか返してくれません。だからこそ私たちは、単なる画面上の工夫にとどまらず、「今自分が何をしていて、何を考えるべきなのか?」をユーザー自身が常に意識できるようなUXの設計にこだわりました。
たとえば「細田AI」では、次のステップに進むために、必ずユーザー自身の考えを入力しなければならない仕様にしています。あえてコピペ機能も実装していません。AIの提案をそのまま流用するのではなく、自分の言葉で打ち直すことで、思考を自分の中に落とし込んでもらうためです。使い手の「思い」を引き出し、思考を止めないためのUI/UXを意識しました。
MZ:現場のユーザーからは、どのような反応がありましたか。
岸本:博報堂DYグループの社員は「生活者発想」へのこだわりが強く、フィードバックも手厳しいです(笑)。でも、その熱量こそがこの組織の良さです。汎用的なAIは便利ですが、実務の文脈に合わせた調整がなければ、かえって使いこなすのに苦労し、現場が疲弊してしまいます。そこで私たちエンジニアが、博報堂DYグループのカルチャーや思考プロセスを深く理解し、その文脈に沿ってワークフローを丁寧に構築しました。その結果、最近では「壁打ち相手として心強い」「すぐに実務で使えた」というポジティブな反応が増えています。

