「受注ゼロ」正直から始まったマーケティング組織
松本:富家さんは、コニカミノルタジャパンに入社後、管理職としてマーケティング組織を3名から30名に拡大する役割を担ったと伺っています。本連載のタイトル「マーケティング組織を立ち上げて最初の6ヵ月でやること」を体現し、かつ成功されたことから、話を伺いたいと思いました。
富家:実は、コニカミノルタジャパンに入社する前は、BtoC向け商材の集客に携わってきました。BtoBマーケティングや営業は全くの未経験でしたが、縁あって営業職として入社しました。当時、営業プロセス改革としてSalesforceの全社導入プロジェクトが動き出そうとしており、その一環として進んでいたマーケティング組織の立ち上げに参画しました。
大手通販会社、広告代理店を経て、コニカミノルタジャパンにて事業部・全社マーケティング組織の責任者を務める。その後、株式会社EVeMにて「マーケティング×マネジメント」の実践経験を積み、2025年に株式会社AiKAGIを創業。 マーケティング組織の「インハウスケイパビリティ」向上を支援する。著書に、『最高の打ち手が見つかるマーケティングの実践ガイド』(翔泳社)
富家:当初のマーケティング組織は、営業、マーケティング、インサイドセールス、ディレクターの混成チーム。当初のミッションは「マーケティング組織を立ち上げる」という漠然としたもので、上層部から具体的な指示もなく、何から手をつければ良いかすらわからない状態でした。
議論を重ねた結果、「受注に貢献しなければ組織の意味がない」という結論に至り、チームの目標は「受注金額」と「受注件数」に設定しました。営業プロセス改革の一環として、リード獲得のためのセミナー開催から活動を開始しました。もっとも、当時は「リード」という言葉すら知らなかったのですが。それが2018年の出来事です。
そして活動開始から半年後に、当時の上層部に「受注ゼロ」と正直に報告しましたが、併せてパイプラインの金額を提示したことで、組織の解散を免れ、逆に評価を得られました。もし、リード獲得だけを追いかけ、売上から目を背けていたら、また違う結果だったかもしれません。
松本:マーケティング組織は、設立当初からすべての事業部のマーケティング活動を担う役割だったのでしょうか?
富家:いいえ。設立当初は、1事業部の1サービス、具体的にはWebサイトのリニューアルや運用保守などが対象でした。コニカミノルタジャパンが自社で大規模なコーポレートサイトを運用していたノウハウもあったため、マーケティング活動が非常にしやすかったです。
数年後には、マーケティング組織のパイプライン貢献割合が3割に迫り、受注ベースでも1割を占めました。「Salesforceを使いなさい」という大号令のもと、経営の求める「可視化」「数字による説明」を実現できる状態を早期に作ったので、貢献度もわかるんですよね。
この頃にはPardotの活用でSalesforce社から2度トロフィーを授与されるなど、マーケティング組織の活動が外部からも評価を得るようになりました。
現場の信頼を「皿洗い」から勝ち取り、全社横断組織へ
松本:そうした成果もあり、3名で始まったマーケティング組織が、最終的には全社横断のマーケティングセンターへ発展していったのですね。富家さんの役割は、その過程でどのように変化したのですか?
富家:実は、私がマーケティング専任になるまで、入社から3年以上の歳月を要しました。当初は専任のマーケティング担当が別にいて、私はあくまでサブマーケターのような立場。プリセールスやコンサルタントも兼務し、リード獲得からデリバリーまですべてを担っていました。そして、様々な経緯と巡り合わせがあって、マーケティング組織の部長に就任しました。
当時、全社横断のマーケティングセンターが新設され、私の所属も変更になりました。私は、全社マーケ組織としての役割を「事業部がやりたいことを叶える組織」と定義しました。具体的には、各事業部に兼務の形でメンバーを送り込み、「まずは皿洗いから」と指示し、現場の課題やKPI、困り事を把握することから始めました。
たとえば、事業部が実行している広告出稿や展示会出展などをマーケティングセンターが支援しました。他にも、社内コミュニティを立ち上げ、勉強会などを通じて現場レベルでの連携を強化したのです。
他に思い浮かぶのは、大規模オンラインカンファレンスの立ち上げですね。プロジェクトのキックオフで数千人の申し込み目標を掲げた際には鼻で笑われましたが、最終的には目標を超える申し込みがありました。事業部単独では難しい、全社的なリソースを活用した取り組みです。
さらに、ハウスリストの統合にも着手しました。当時、のべ何十万件ものハウスリストが各事業部に分散しており、有効活用できていませんでした。現場からは「自分たちが集めたリードに何をする」といった反発がありましたが、上層部からの支援を後ろ盾に現場の声を受け止めながら、半年かけて統合を進めていきました。
マーケティングセンターには、個別最適では難しいことを全体最適として実行すること、大企業ならではの時間軸でハレーションを起こさずに進めることが求められていました。それを愚直に追い求めたと考えています。
