AI時代は「WHOとWHATの距離が縮まっていく」?
MZ:西口さんは以前、「AI時代のマーケティングは『WHO』と『WHAT』の距離が近づく」とおっしゃっていました。この言葉の真意について、過去の予測のアップデートも含めて詳しくお伺いできますか。
西口:ここは、少し引いた視点から私の過去の見立てを点検させてください。私は2019年の著書『顧客起点マーケティング』において、デジタル技術の進化によって「『旧リアルワールド』と『新リアルワールド』というパラレルワールドが生まれ、やがてシンギュラリティ(技術的特異点)が起こることによって統合されていく」という予測を書きました。
現在、AIの予想を超えた進化スピードを前に、当時の予測を上書きしなければならない「3つのズレ」を感じています。
| 2019年の見立て | 2026年現在の現実 |
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【分断軸のズレ】 |
AI習熟度が新たな境界線に: |
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【主戦場のズレ】 |
ホワイトカラーの認知労働が先に蒸発: |
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【シンギュラリティの形態】 |
「帯」としての現象化: |
西口:この「3つのズレ」をともないながら、結果として「マーケティングにおける各種の摩擦」は劇的に縮まりました。これが、私の言う「WHOとWHATの距離が近づく」という現象の本質です。
従来のマーケティングでは、WHOの理解(顧客リサーチ、セグメンテーション、N1分析)から、WHATの構築(製品・サービス・体験設計)、そしてその提供までに長い時間的・組織的な距離がありました。そして、その過程で「特定のWHOに最適化されたWHAT」は、組織の都合や様々な制約によって「平均化」されていきました。
しかしAIの実装が進むと、この構造が根本から変わりつつあります。第一に、AIは個人レベルのシグナルを継続的・即時的に取り込み、解釈できます。その結果、WHOの解像度を従来のセグメント単位から、限りなくN=1に近い単位まで引き上げることが、技術的には可能になりつつあります。
第二に、生成AIの登場により、WHATもまた個別最適化された形で動的に生成・調整できるようになりました。クリエイティブ表現、提案内容、サービスの組み合わせ、価格・時間帯設計までもが、特定の一人に対してダイナミックに構築可能になりつつあります。
つまり、「WHO理解」と「WHAT提供」の間にあった時間的距離、組織的距離、抽象化による意味の希釈が、AIによって圧縮されつつある。これが「WHOとWHATの距離が近づく」現象の構造です。
MZ:WHOとWHATの距離が縮まっていく世界において、マーケターの実務はどう変わっていくのでしょうか。
西口:この距離の圧縮は、マーケターの仕事を2つの方向に変えていきます。まず、「セグメント」という概念の役割低下です。WHATの個別最適化が可能になった世界では、「30代女性、都市部、世帯年収◯万円以上」といった従来のセグメントが価値を生まない場面が確実に増えます。そのためこれからのマーケターは、「N=1の集積」として顧客を捉える必要があります。
もう一つは、「WHATの定義の質」の重要性が、これまで以上に高まることです。Googleが発表しているように「必要なものを解釈し、潜在ニーズまでマッチングする仕事」の大部分はAIが担ってくれます。
だからこそ人間は、「そもそもこの顧客にとっての本質的なWHATは何か」「なぜこのブランドが選ばれるべきなのか」という洞察、すなわちWHATの定義そのものの解像度と独自性を高める戦略思考に集中しなければならないのです。
