【20年の歩み】インターネットのインフラ化から、AIエージェント時代の到来まで
MarkeZine編集部(以下、MZ):2006年、MarkeZineの創刊当時はまだiPhoneすらなく、ちょうど西口さんがP&Gからロート製薬へ移籍されたタイミングと重なります。本企画ではこの20年を振り返り、マーケティング領域を取り囲む環境の変化と重要な転換点について西口さんにうかがいます。
西口:20年という時間軸でマーケティング領域の変化を眺めますと、技術的な手段(HOW)が劇的に拡張・多様化してきたことに目が行きがちです。しかし、その下にあるより本質的な変化は、「生活者と企業の関係性の構造そのものが書き換わってきた」点だと捉えています。まずは私自身が現場で感じてきた重要な「7つの転換点」を、時系列で整理してみましょう。
第一の転換点:2000年代前半~2008年/インターネットがマーケティング基盤に組み込まれる
西口:2000年代前半は、ブロードバンドの普及と検索行動の一般化によってインターネットがビジネス前提のインフラへと変質した時期です。私自身も従来型のマス広告中心の世界観で働く中、認知から購買に至るプロセスにWebが組み込まれていく過渡期を現場で経験しました。
とはいえこの時期のWebは、まだ「テレビ・新聞・雑誌の延長線上にあるもう一つのメディア」という捉え方が支配的だったように思います。マーケティングの土台が変わるというより、新しいメディアが追加された感覚に近いものでした。
第二の転換点:2008年/iPhone日本上陸とスマートフォン経済の立ち上がり
西口:2008年のiPhone日本上陸は、表面的にはデバイスの登場ですが、本質的には「メディアが手元に常駐し、生活者が自らの時間軸で情報と接続する時代」の幕開けでした。同時並行で進んだECの定着と合わせて、「広告→店頭→購買」という線形のファネルが解体され、購買接点が時間と空間の制約を越えて遍在するようになります。マーケティングのHOWが急速に多様化していく構造的な起点は、ここにあったと考えています。
第三の転換点:2010年代/SNSの浸透、「生活者がメディアになる」時代
西口:2010年代に入りSNSが社会インフラ化したことで、生活者は単なる受信者から発信者、そして「他者の購買行動を左右する経済主体」へと変化しました。UGC、レビュー、インフルエンサーといった現象は、企業発信型コミュニケーションの優位性を相対化していきます。広告は「届ける」ものから「選ばれる」ものへ、ブランドは「語る」ものから「語られる」ものへと、その重心が移っていった時期だと捉えています。
第四の転換点:2019年/インターネット広告費がテレビ広告費を上回る
MZ:そして2019年には、「日本の広告費(電通)」においてインターネット広告費がテレビ広告費を初めて上回る象徴的な出来事がありました。
西口:マスメディア中心のマーケティングというパラダイムが、産業構造として中心ではなくなったことを公的に告げる瞬間だったといえます。それまで「マスを補完するデジタル」だったものが、「デジタルを基軸として、その上にマスを積み重ねる」という発想の逆転となり、業界の共通言語になっていきました。
ただ、少し引いてデータを客観的に見ると、おもしろい構造がわかります。「今はマスよりもデジタル」と言われつつも、実際はテレビやプロモーションメディアの広告費自体はそこまで大きく落ちていません。国全体のGDPが伸び悩む中で広告市場全体が8兆円規模まで伸びたのは、既存メディアの置き換えではなく、4兆円まで伸びたインターネット広告費が純増分として上乗せされたからです(市場規模は「2025年 日本の広告費」より)。

西口:テレビのコンバージョン効率は全盛期の3分の1〜4分の1に落ちていますが、10〜20代の約40%はいまだにテレビを視聴しています。ネット広告は細かなターゲティングこそ得意ですが、一発で100万人規模にリーチする「量」の力はありません。だからこそ、多くの企業が「デジタルとテレビを併用せざるを得ない」というのが今日に続く業界の本音なのです。
第五の転換点:2020年からのコロナ禍/生活者そのものの構造変化
西口:コロナ禍は、それまで段階的に進行していたデジタルシフトを一気に加速させました。EC化率の急上昇、リモートワークの一般化、対面・非対面の関係性の再設計など、生活者の生活構造そのものが書き換えられました。
これは「マーケティング手法の転換」というよりも、「マーケティングが対象とする生活者像そのものの転換」だったと捉えられます。前提となっていた「生活者」の概念自体を、もう一度組み立て直す契機になりました。
第六の転換点:2022年11月のChatGPT登場/生成AIの社会実装
西口:2022年11月のChatGPT公開以降、生成AIは予想を遥かに超えるスピードで社会実装され、マーケティング領域における制作・分析・接客のあり方が根底から書き換わりつつあります。私自身、新会社Wisdom Evolution Companyでの取り組み「Wisdom-Beta」も含め、毎日生成AIを徹底的に業務活用してきました。数百万文字におよぶ独自の知見をデータベース化し、「自分自身のAI bot」を構築して思考の壁打ち相手にしています。
思考の深度や検証の速度、知的生産のスケールが、この転換点以前と以後で文字通り桁違いに変わったと実感しています。
第七の転換点:現在/AIエージェント時代への突入
西口:そして現在、私たちが立っているのは、生活者一人ひとりがAIエージェントを介して情報収集・比較検討・購買意思決定を行うフェーズの入り口です。これは私の見立てでは、過去20年で最大の構造変化です。
マスメディア時代から検索時代、SNS時代へと移行してきたマーケティングが、今「AIエージェントとの対話を介して、AIに選ばれる時代」へと移りつつあります。生活者が直接ブランドを比較する場面が減り、「AIに評価されるブランド設計」「AIに正しく理解されるブランド情報の構造化」が、新たなマーケティング課題として立ち上がりつつあると捉えています。
