【□→△→◯】20年で激変した、ブランドと生活者を結ぶカタチ
──今回は20年間での生活者と広告の距離、および広告クリエイティブに求められてきた役割の変化と、これから考えられる変化をうかがえればと思います。まずは細田さんご自身のキャリアの歩みと重ね合わせながら、変化の全体像をお話しいただけますか
細田: 私が博報堂に入社したのが2005年ですから、まさにMarkeZineが歩んできた20年間と重なる部分が非常に多いと感じています。さらに、TBWA\HAKUHODOも今年で創立20周年を迎えるので、感慨深いタイミングです。
私が入社した当時、新人コピーライターの憧れの舞台といえば、駅貼りのB倍2連ポスターや、新聞の15段広告でした。当時はテレビCMも含めて、与えられた「四角いスペース」をいかに面白い表現で埋めるかということに心血を注いでいました。
2000年代にバナー広告などのデジタル広告が一気に盛り上がったとき、先輩のクリエイターが「小さい枠だから、若手で楽しく考えたらいい」とチャンスをくれたのを思い出します。デジタルもまだ、紙媒体の延長線上の小さな広告枠としてしか認識されていなった。今振り返れば、マーケティングに関わる大多数の人が既存の四角い「枠」をどう埋めるか?という発想で仕事をしていた時代だったと言えます。
その後、インターネット検索の一般化やWebマーケティングの台頭に伴い、ブランドと生活者を結ぶコミュニケーションは「三角(ファネル)」の時代へと突入しました。いかに広い網で認知を広げ、興味や比較検討へと効率的にユーザーを流し込み、購買というコンバージョンへ到達させるか。その最適化こそが、マーケティングの中心概念となったのです。当時の多様化した動画クリエイティブは、生活者をファネルの奥へと一段ずつ誘導するための推進力として機能していたと言えます。
しかし、スマートフォンの普及が極限に達した現在に有効なブランドコミュニケーションは、単に四角を埋める作業でも、三角のファネルへ流し込む作業でもありません。広告だけでなく、商品・サービス、そのUXデザイン、店舗の体験からCRMまで、生活者をとりまく360度の体験をデザインする仕事になっています。コミュニケーションは「円いカタチ」(360度の循環)へと変化しているのです。
——円への変化とはどういうことでしょうか?
細田:私はこの変化をよく「映画を作るのか、テーマパークを作るのか」と説明します。
20年前のメディア環境は全員がスクリーンの前に座り、同じ映像を注視する「映画」の構造でした。そこではブランドが主役で、スクリーンからいかに観客を楽しませるかという一方通行の前提が機能していたのです。しかし現在、客席に人はほとんど残っていません。生活者はスマートフォンを片手に劇場を飛び出していきました。
たとえば、出勤中にモバイルオーダーでコーヒーを事前に注文し、オフィスの最寄りの店舗で受け取るという行為は当たり前になりました。生活者は広告には触れませんがスマートフォンの通知を受け取って新商品を知り、クーポンをもらってその場でオーダーし、商品を楽しみながらスタンプやポイントを貯めて、それでグッズと交換したりする。テーマパークで過ごしているかのように生活者が主役となる、つくられた体験としてブランドコミュニケーションが成立しています。そこには四角を埋めるだけの表現や、購入に向かわせる三角形のファネルは、必ずしも必要ではありません。問われるのは、いかに自然にブランドが生活に溶け込めるかどうか。
このように「生活者主体の360度の循環」を設計することこそが、私たちの主たる役割になっているのです。広告会社の業態は過去20年で、単なる広告制作から「体験世界全体のデザイン」(Total Brand Experience)へと、大きく変貌を遂げようとしています。
命令から許可へ、生活者を「解放」するクリエイティブ
──生活者が主役の体験空間へ移行したことで、ブランドからの発信にはどのような変化が起きているのでしょうか。
細田: 主役と脇役が完全に逆転したことで、言葉のトーンが劇的に変わりましたね。
20年前のスポーツブランドは、「Just Do It.」に代表されるように、生活者を鼓舞する命令系のコピーが主流でした。当時の広告業界では「エンパワーメント」と呼んでいましたが、現代において、そうしたブランド側からの一方通行のメッセージは機能しづらくなっています。命令形をやめよう、と最初に決めるくらいです。
今の時代に届く感覚があるのは、命令形の真逆とも言える肯定形です。「それでいいんだよ」と背中を押すようなコミュニケーション。たとえば、日本マクドナルドの「スマイルあげない(No Smiles)」キャンペーンでは、アルバイトに対して「無理に笑わなくてもいい、自分らしくおもてなしできればいい」と自然体を肯定しました。マイナビの「座ってイイッスPROJECT」は、立ちっぱなしが多いバイト中でも座って良いのでは?という寛容のメッセージを発信しました。
このように、これまで認められなかった行為や発想やライフスタイルを認め、ライセンスを付与することがブランドにできる強力なアクションとなっています。
かつての広告クリエイティブは、完璧な主婦像や理想的なビジネスパーソン像といった劇場型の理想を描いてきました。メディアを通して幸福イメージの合意形成ができていた時代、ともいえます。ですがそれは、「こうならねばならない」という、ひとつの同調圧力にもなっていたはずです。けれど、いま、幸福のあり方も多様になっていますし、そもそもメディアに規範をつくるほどの力がなくなってしまった。だからこそブランドの命令は反感を買うわけです。
企業は解決を語りたがります。ブランドの力で生活者を救うストーリーを描きたくなるものです。けれど今、生活者が本当に求めているのは、解決よりも解放なのではないでしょうか。
──なぜ、解き放つアプローチへのシフトが起きたのでしょうか?
細田: ブランドと生活者の力関係が大きく変わったことが要因です。iPhoneそして2008年のApp Storeの登場によって、人々の「できること」が劇的に増えました。カメラ、カレンダー、メモ帳、新しい放送局としてのYouTube、人間関係を集約するソーシャルメディア、総合オフィススイートなど本社そのものまで手のひらの一台に収まるようになった。生活者が主役となってすべてをコントロールできる時代になったのです。
これによって、生活者が絶対的な「主役」になりました。ブランドがメディアから上から目線で生活者に「命令」したり、一方通行で理想を押し付けたりすることは通用しなくなりました。この時代に求められるブランドのスタンスは、ヒーローではなく、その相棒役です。バットマンに対するロビン。
こうしてブランドには生活者に寄り添い、背中を押し、ありのままに生きることを助けるアプローチが求められるようになったのです。
