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MarkeZine20周年特別企画

広告は劇場からテーマパークへ。細田高広氏に聞く生活者とブランドの20年とこれからの「問い」

「洗濯機労働のパラドックス」に学ぶ、カルチャー起点の未来洞察

──ブランドが生活者のそばに常にいる時代が来たとき、広告代理店やマーケターに求められることは何でしょうか?

細田:現在の広告業界は、AIとデータを駆使して仕組みを自動化・最適化する「マーケティングシステム」と、人間らしいエモーションやカルチャーを捉える「クリエイティビティ」の2つのエンジンで動いています。

 オムニコムグループではマーケティングシステムの極みとして、購買データと広告データを統合して「どの商品をどの倉庫にどれだけのロットで置けば最も広告予算の効率が良いか」までを予測・シミュレーションする大容量データソリューションを提供しています。博報堂グループも生活者の行動とメディアのデータの掛け算が他にはない強みとなっています。

 しかし、未来を予測しようとするとき、技術の進化ロードマップだけに頼ってしまうと、人間本来の行動や感情の変化を見落としてしまうものです。

 歴史の教訓を引き合いに出してみましょう。20世紀初頭に米国で電動洗濯機が登場した際、人々は「これで家事労働から解放される」と歓喜しました。しかし実際には、反対のことが起きたのです。洗濯の効率が高まった分、人は、より完璧な洗濯を追求し始めました。週に一度の洗濯は、毎日の習慣に。シミひとつない白さを目指し、除菌や抗菌も、と欲張り始めます。

 近年ではTikTokで「CleanTok(クリーン・トック)」という、単なる労働であるはずの家事を美しく楽しそうに共有し、達成感を得るカルチャーが生まれています。洗濯なんてもうしなくていいんだ、と想像した100年前の人々も驚くのではないでしょうか。未来の決定要因としてテクノロジーは重要です。けれどそれ以上に重要なのは、人の感情なのです。この部分を無視してマーケティングはできません。

 だからこそ、これからのマーケティングは「データによる自動化=サイエンス」と「カルチャーの創出・洞察」の両輪で動かさなければなりません。

——カルチャーを洞察するとは具体的にどのようなことをするのでしょうか?

細田:私が心がけていることのひとつは、一見すると矛盾する人間の行動やトレンドに注目することです。たとえば、世界的に子育て層に見られるトレンドに「子育て世帯が共同生活をして助け合う」という現象と、「子育てから一時的に逃避したい」人のための旅行ニーズがあります。この2つのトレンドは一見、真逆のように見えます。積極的関与と逃避行ですから。けれど2つのトレンドの根底には「現代において、核家族での育児がハードモードである」という、現代世界の本質的な課題が見えてきます。この基盤となる部分の洞察を、幾重にも積み重ねていくことが重要です。

 今、マーケティングには精密さ(プレシジョン)が求められていますが、それはデータ上の正しさだけを意味するものではありません。未来のカルチャーや価値観にフィットするという意味での精密さも大切なはずです。数字だけを見るのではなく、私たちに備わったヒューマニティ(人間性)を駆使して人を想像することもこれからますます重要な仕事になるでしょう。

「それで人は幸せか?」数字で決断できない時代の指針

──テクノロジーの進化によってあらゆる可能性が可視化されるからこそ、多くの企業が「どの道を選ぶべきか」という最終的な決断に迷っている印象を受けます。

細田:情報が溢れ、あらゆる予測が可能になった現代において、最も難しいのは予測そのものではなく、「センスメイキング(意味づけ)」と「ディシジョンメイキング(意思決定)」です。「なぜその企業が、その商品が、世界に存在するのか」という問いに対して答えられなければ、データや数字 のシミュレーションはどれも「正しい」選択肢に見えるものです。それでは決断を下すことができません。自分たち「らしい」選択肢の意味を見出すことが欠かせないのです。

 有名な寓話「靴を売るセールスマン」をアップデートさせて考えてみましょう。誰もが裸足で暮らす南の島に派遣された2人の靴のセールスマンがいました。1人は「誰も靴を履いていないから売れない」と諦め、もう1人は「全員が裸足だから市場規模は無限大だ」と喜んだという話です。

 マーケティングマインドとしては後者が正解とされてきました。けれど本当にそうでしょうか?そこにコンバージョンのことしか考えない一方的なマーケターのエゴが見えてこないでしょうか?現代の私たちはそこに、単に「売れるかどうか」ではなく、「靴を売ることは、南の島の人々を本当に幸せにするのか?」という問いを立てる必要があるように思います。

 実際に現地で島の人々と生活を共にし、彼らを見つめたら、靴などなくても幸せに暮らしている事実が見えてくるかもしれません。ならば靴を無理に売りつける必要はないでしょう。しかし観察を深めているうちに、たとえば彼らは「遠くへ旅をしたい」という本質的な欲求を抱えていることが分かるかもしれない。長距離を歩き、過酷な山を越える旅には、怪我を防ぐための靴が必要です。

 「靴を売りつける」のではなく「彼らの旅という幸せな挑戦を叶えるために靴を提供する」。こうして生活者のより良い生活を想像する視点が、新しいビジネス領域を切り拓くことにつながります。生活者起点で考えることは決して偽善やきれいごとではなく、ビジネスを転換させる創造的な発想を生み出す上で、欠かせない視点なのです。

 TBWA\HAKUHODOは「サンリオキャラクターパーク ハーモニーランド(大分県日出町)」のリゾート化構想をご支援させていただいています。こうした大規模な開発では、ともすれば需要予測や土地の有効活用といった「スペックや数値のシミュレーション」ばかりが先行しがちです。しかし、それだけでは大小さまざまな意思決定が難しくなるものです。だからこそ重要なのは「この場所で誰がどのように幸せになるのか」という目線をひとつにすることなのです。

 発表されたリゾート開発の方針は誰一人、笑顔から取り残さない「世界一やさしいテーマパーク」を目指すというもの。この目標を目指して、世界中のファンの皆さんと一緒に共創するという前代未聞の取り組みも発表されました。大胆な意思決定は、独自の価値観があってこそ可能になるのです。

 AIがいくらでも正解を提示してくれる時代。決断に迷うことも多いでしょう。そんな時はマーケティングの最も重要でシンプルな問いにもういちど向き合ってみて下さい。つまり「それで人は幸せか?」という問いかけに答えてみるのです。

 マーケティングの本質は人の心を動かすことで市場を動かすこと。手段は20年で大きく変わりましたが、目的は変わっていません。人工知能は優秀ですが、人工感情はまだ存在しません。人間らしく考え、人間らしく想像し、人間らしくコミュニケーションする。結局はそれこそが、この先も私たちの重要な使命であり続けるのではないでしょうか。

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この記事の著者

伊藤 桃子(編集部)(イトウモモコ)

MarkeZine編集部員です。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2026/07/06 08:00 https://markezine.jp/article/detail/50834

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