業務量=成果ではない、AI前提で業務の再設計を
高橋:メルカリでは今期(FY27)、「AI-Native for Hypergrowth」をスローガンに掲げ、「成長のためにAIを使う」ことを大々的に打ち出されていますよね。一方でこのAIネイティブ時代、マーケターのあいだには「AIに仕事を奪われてしまうのでは」という不安も広がっています。石渡さんは、率直に昨今の状況をどう見ていますか。
石渡:仕事の一部がAIに置き換わっていくのは間違いありませんし、今後もますます加速していくでしょう。きっとここにいるマーケターのみなさんも実感していると思います。ただ、そのなかでも人間がやるべき仕事や、生み出すべき価値はまだまだあります。
高橋:詳しくお聞かせください。
石渡:「仕事を奪われる」と感じるのは、既存業務にAIを追加しているだけだからです。重要なのは「AIを前提に業務を再設計」していくこと。AIで新しくできるようになることや、生み出せるようになる価値はたくさんありますよね。それをレバレッジするためにAIを使うと考えれば、人間の仕事は豊富にあるはずです。
そもそも我々のいるデジタルマーケティングの領域は、自分が手を動かしている瞬間だけで成果が生まれるものではありません。このイベント中もコンバージョンは生まれ続けているわけですから、業務量と成果を直結させるのは違うかなと。
高橋:同感です。石渡さんは2023年に、「このAI時代にデジタル広告運用担当になったら何をすればいいか」というnoteを書かれていますよね。フォーカスする方面に迷走するマーケターもいるなか、非常に核心を突いた内容だと感じました。
石渡:ありがとうございます。当時はChatGPTが一般に広がり始めたばかりでしたが、本質的な考え方は今も変わっていません。今日はその最新版として、AI時代にデジタルマーケターがどこにフォーカスすればアプリや事業を伸ばせるのかを、思考論を中心にお伝えしていきます。
必要なのは「CPMを高める努力」、メディア視点から原理原則を分解
石渡:最初のテーマは「メディア視点で考える」です。
高橋:この視点、案外抜け落ちているマーケターが多いかもしれませんね。改めてなぜメディア視点が必要なのか教えてください。
石渡:広告主が広告で成果を出すためには、まず「メディアから広告枠を売ってもらう」必要があるからです。
1から分解して考えてみましょう。メディアは広告を売ることで儲けを得ていますよね。メディアが売上を高める方法は主に2つ。「広告インプレッションを増やす」か、「収益の高い広告を表示する」かです。
ただし、増やせるインプレッションには限界があります。メディアのユーザー数やPV数を急増させることは現実的ではありませんし、むやみにメディア内の広告枠を増やせばユーザー離れにつながってしまうでしょう。となると、メディアが注力するのは収益効率。つまり、メディアは「高収益が見込める広告枠を買ってくれる広告主」を探しているのです。
高橋:なるほど。その上で、広告主がメディア内で有効な広告枠を獲得していくためには、何をすればいいのでしょう。
石渡:CPM(Cost Per Mille=広告主が広告を1,000回表示させるために支払う費用)を高める努力をしなければなりません。
メディアにとって収益の高い広告は、広告主にとってコストの高い広告です。マーケターにとってCPMは「少しでも安いほうがいいもの」と捉えられがちですが、健全な発想ではないと感じています。本来、CPMを高くしなければ、良い広告枠は手に入りません。「CPMが高い枠を買うにはどうすればいいか」を考えるのが、デジタル広告の原理原則です。
高橋:では、CPMを高めるにはどうすればいいのでしょうか。
石渡:「CPM」という指標を分解してみると答えを導き出せます。以下の式をご覧ください。
最終的に「CPM = CPA × CVR × CTR × 1,000」という式が得られました。つまり、CPMを構成するレバーは「CPA」か「CVR」か「CTR」。いずれかを上げると、CPMも上がるというカラクリです。
高橋:3つのなかで、どれから着手すればいいとお考えですか?
石渡:CVRとCTRを上げることから始めましょう。許容CPAは事業全体のバランスを踏まえて定められていることが多く、マーケターの一存で調整することは難しいかもしれません。まずは短期的な成果が得やすく、マーケティング部門の範囲だけで努力のしようがある、CVRとCTRに注力することをおすすめします。
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機械学習を「信じて任せる」ために、理解しておくべきこと
高橋:CPMを高めるためには、CVRとCTRを高める必要があることがわかりました。具体的に、何をすればいいのでしょうか。
石渡:これも分解して考えてみましょう。CVRやCTRは主に以下6つの要素を動かすことによって変動します。
- ターゲット
- 訴求内容
- 配信する曜日・時間
- 配信するデバイス
- 配信する媒体や枠
- クリエイティブ
このうち、クリエイティブにはまだまだ人間の手を加えるべきだと考えています。一方で1~5については、メディア側が人間には把握できないほど多くのパラメータをもとに最適化しています。基本的に「機械学習を信じて任せる」のが望ましいでしょう。

高橋:そうなると、機械学習のパフォーマンスを高めることが大切ですね。マーケターに求められることは何でしょう?
石渡:計測ツールで何を計測し、媒体へ何を連携できているのか、正しく理解することが必要です。特にアプリマーケティングでは、AdjustのようなMMP(モバイル計測パートナー)の知識は必須。「なんとなく理解している」程度では、機械学習の成果を最大化することはできません。
高橋:確定的アトリビューションやWeb to appなどアプリ計測やデータの媒体連携に関する主な仕組み・用語がたくさんありますよね。ここに来場されているアプリマーケターの方々であっても、「すべて自分の言葉で説明できる」という方はほぼいないのではないでしょうか。仕組みを十分に理解しないまま、ブラックボックス化してしまっている機械学習を見直す余地は十分にありそうですね。
石渡:そうですね。ルールを理解しなければ、自分たちの想定しているコンバージョンの定義に当てはまっているのか、正しい方向で最適化をかけられているのかもわかりませんから。
高橋:新人マーケターは用語が多すぎてわからないと思うかもしれません。不明な場合はAIと壁打ちしながら理解を深めるのも有効だと思います。
石渡:「何を成果としているのか」を言語化した上で、次に重要なのが「事業KGIと接続する」ことです。たとえば、売上という最終KGIにつながるまで1年を要する場合、その頃には媒体の広告枠も、ユーザー層も、クリエイティブも変わっているかもしれません。そのデータで機械学習させたところで、1年前とは前提が大きく異なるため、あまり意味をなさないでしょう。「どのコンバージョンで最適化をかけるのがベストなのか」は、「データの量」「KGIとの因果関係の強さ」「データ取得までの期間」を加味して人間が考え、科学していくべき領域です。
AI時代のクリエイティブは「自社にしかない体験とデータ」で差別化
高橋:続いてクリエイティブについてお聞かせください。昨今は各媒体がAIクリエイティブの生成機能をリリースし、「AIによる量産」がメジャーになりつつあります。しかし、石渡さんは「クリエイティブは人間が関わるべき領域」と考えられているのですね。
石渡:はい。そのまま広告に使えるクオリティのAIクリエイティブは増えましたし、否定しません。しかし、「とりあえずAIで量産すればいい」という風潮には疑問を呈したいです。
高橋:それはなぜでしょうか?
石渡:独自モデルを構築している一部の企業を除き、「AIは自分たちだけのものではない」からです。同じ生成AIに同じような指示をすれば、アウトプットも同じようなものになるのは当然。陳腐化が進み、広告は「どこかで見たクリエイティブ」であふれるようになってしまうでしょう。
高橋:AIを活用しつつも、他社と差別化するためにはどうすればいいのでしょうか。
石渡:インプットの質を高めれば、アウトプットの質も高まります。具体的には、自社にしかない体験やデータと、AIを組み合わせることが重要です。一例として、当社サービス「メルカリ」の動画広告『やさしいメル﨑』の例を紹介します。
メルカリは個人の出品者と購入者が直接取引するCtoCプラットフォーム。取引後には双方がレビューするため、累計で数十億件のレビューデータが蓄積されています。『やさしいメル﨑』では、その膨大なレビューデータからお客さま同士が互いを気遣う体験をAIで抽出の上、どう落とし込むか壁打ちしていきました。キャラクターや動画の制作にもAIを活用しています。人間が数十億のレビューを読むのは不可能なので、AIとの共同作業だからこそできた取り組みと言えますね。
高橋:CVRとCTRを高めていくために、自社レビューを深掘り、ベネフィットを突き詰めていくというのは非常に本質的ですね。一方、ダイレクト広告のバナーなど、これほどのパワーをかけられないものについてはどうすればいいでしょうか。
石渡:量産が必要なクリエイティブについても、考え方は同様です。当社では画像生成や動画生成、SNSのトレンド分析などを担うAIエージェントに、自社の購買データや検索データを分析するエージェントも組み合わせ、全体をオーケストレーションしていく構想を進めています。量産クリエイティブにおいても、自社の独自情報を組み込んでいくことは差別化のカギとなるでしょう。
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CVRとCTRをやり切った上で、会社を動かそう
高橋:CVRとCTRを高めることに徹底的に向き合い、やり切ることで見えてくる次の一手はありますか?

石渡:最後に向き合うべきはCPAです。ただし、CPAはマーケターだけでは簡単に変えられないものです。許容CPAの幅を広げるためには「会社を動かす」しかありません。そのためには「価格マネタイズの仕組みを根本的に変える」「プロダクトの抜本的な改革を進める」など、プロダクトサイド、経営サイドの視点や行動が必要です。
本来の守備範囲ではないかもしれませんが、自社に対して会社を動かす提言をしていくのは、最終的にマーケターに求められる役割かもしれません。
高橋:そのような発言をする権利を得るためにも、まずはCVRとCTRの2要素を「やり切る」ことが大切ですね。
石渡:ええ。まずは自分でレバーを動かせる範囲のことから着手していきましょう。冒頭の「AI時代にどうやって事業を伸ばせばいいのか」という問いには、「まずCVRとCTRを伸ばそう」とシンプルにお答えしたいです。
高橋:今日は石渡さんが日々考えていることを皆さんに紹介できればと思いお話を伺ってきましたが、シンプルかつ核心を突いた、根幹の思考が垣間見えた気がします。AI全盛の時代だからこそ、目の前のテクニックに飛びつくのではなく、広告の原理原則に立ち返ることが大切ですね。

