「選択と集中」への根本的な疑問
一般社団法人日本エビデンスベーストマーケティング研究機構は、木田氏が代表理事を務め、「EBM(エビデンスベーストマーケティング)」を研究・啓蒙・教育する産学連携の取り組みだ。研究を統括する芹澤氏は、その狙いをこう説明する。
芹澤:「EBMとはつまり、科学的な根拠に基づいてマーケティングをしましょう、ということです。広告をするなら、広告はそもそもどう効くのかを知らないと、効果の高いコミュニケーションやメディアプランはつくれない。成長戦略を立てるにしても、ブランドがどう成長するのかを知らないと最適な戦略は立てられません」
EBMIでは戦略や施策の土台となる部分を研究し、その成果をもとに書籍も刊行している。今回のセッションのテーマは「ターゲティング」だ。
マーケティング界隈では「ターゲットを絞り込まなければ、結局誰にも刺さらない」といった言説が、ほとんど自明の理であるかのように語られる。
市場を細分化し、狙うべきターゲットをクリアにして、そこに資源を集中させる——直感的で疑う余地がないように思えるこの考え方だが、芹澤氏は「その考え方では成果を最大化できるとは限らない」と切り出す。近年は査読付きの批判的研究も出てきており、いわゆるSTP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)に対する考え方も、一枚岩ではなくなってきているという。
浸透率こそが成長の本質——ダブルジョパディの法則と購買重複の法則
まず俎上にのせられたのは「ターゲットを絞り込むほど、ロイヤルティやリピート率を高めやすい」という考え方だ。
芹澤氏が持ち出したのは、エビデンスベーストマーケティングで最も有名な法則性の一つ、ダブルジョパディの法則。アデレード大学のアレンバーグ・バス研究所が発見した市場法則で、大きなブランドと小さなブランドの違いは「浸透率=顧客数」であり、大きなブランドは購入頻度や利用額といったロイヤルティ指標もやや高くなる傾向がある。

買う人が増えれば平均購入頻度も上がり、浸透率が増えるとロイヤルティも高まる──芹澤氏は「あらゆるカテゴリーでこうした規則性が確認されている以上、手放しで『ターゲットを絞り込むほどロイヤルティやリピート率を高めやすい』とは言えないのでは」と指摘する。これに木田氏も実務経験から強く同意した。
木田:「これは、実務者として切実な問題です。私はいろいろな業界を経験してきましたが、業界をまたいで共通して、『既存顧客を深耕すれば会社は成長する』という考え方が、かなり強く信じられてきました。もちろんCRMや既存顧客施策は重要です。ただ、いつの間にか既存顧客を深耕すること自体が目的化し、それこそがマーケティングだ、という状態になると危険です。事業を成長させるなら、顧客基盤そのものを広げなければいけない。ここはマーケティングの大前提だと思います」
続いて「特定のターゲットへポジショニングすることで参入障壁を築くことができる」という説について。ここで示されたのが、アイスクリーム市場のブランド間顧客重複データだ。市場全体の傾向としては、どのブランドの顧客も相手ブランドの浸透率に比例して競合ブランドを購入しており、この規則性は「購買重複の法則(DoP)」と呼ばれる。
芹澤:「DoPが成立するならSTPは成立しません。もし市場がSTPに従うのであれば、ポジショニングが似た競合とより多くの顧客を共有し、そこで集中的にブランドスイッチが起こるはずです。しかし現実の市場では、そうなるのはむしろ例外です。ターゲットやポジショニングを変えたところで競争は避けられません」
Take Away(1)
マーケティングで直接動かせるのは顧客数(浸透率)であり、ロイヤルティは浸透率と連動して決まるものなので単独では高めにくい。また絞り込みで参入障壁を築くという発想も、購買重複の法則の前では成立しにくい。
