広告の「量」と「質」は等価ではない
話題は広告コミュニケーションに移る。一般的にマーケティングコミュニケーションの成果は「広告の量」×「広告の質」のかけ算で決まる。広告の量とは媒体費やリーチといった手数・広さに関わる側面、広告の質とはコピーやクリエイティブのように選択確率に関わる側面の話である。
かけ算ならどちらに手を入れても結果は同じように思えるが、芹澤氏によると、第一項(量)に手を入れず、第二項(質)だけを高めるということは原則できないという。実際、広告賞を受賞するような質の高いクリエイティブでも一定以上の広告量を伴わないと真価を発揮できないことを示す実証研究が紹介された。
とはいえ、リーチを増やすために、より多くの広告予算を獲得するとなると社内外で調整が発生する。木田氏はここで、リーチ拡大の副作用と、それをどう経営に説明したかを語った。
木田:「以前、別の業界にいたとき新規顧客を伸ばすために、ディスプレイ広告を広く大量に投下することを提案したことがあります。結果として新規顧客は大きく増えましたが、当然CPAは悪化し、社内では、『CPAを悪化させてまでやる意味があるのか』という強い反発もありました。しかし、CPAを維持したまま新規顧客だけを増やし続けることはできません。新しい顧客層までリーチを広げれば限界的な獲得効率が下がるのは当たり前の話で、それでも新規顧客や売上・利益の総額が伸びているのであれば、経営として見るべきはそちらです。広告単体のKPIであるCPAと、経営のKPIである顧客数・売上を混同してはいけません。CPAを守ることがマーケティングの目的ではなく、事業の成長が目的だからです」
Take Away(4)
広告の量と広告の質は等価ではない。クリエイティブのような質的側面が機能するためには、一定以上の量(リーチ)が必要となる。CPAのようなマーケ単体のKPIと、経営が見るべきKPIを混同しないこと。
想起されなければ選ばれない——広告が効くのは「考慮集合に入る」ところまで
「ターゲットを定めて訴求を繰り返すことで、差別化ポイントの理解が深まり、ベネフィットの評価も高まる」という広告観はどうだろうか。芹澤氏は、ある大規模な縦断研究を引いて、広告で知覚品質に有意な影響を与えるのは難しいことを指摘した。そもそも、広告が効くのは「考慮集合に入る」想起形成の段階までであり、考慮集合の中からさらに選ばれやすくするものではないという。

これはマーケティングサイエンスで「アドストック」の問題としてよく研究されているテーマだ。記憶には閾値のようなものがあり、広告を通じて形成されたブランドの記憶量が一定の閾値を超えていれば考慮集合に入る。一度考慮集合に入ってしまえば、それ以上広告を増やしても劇的な効果は得られない。しかし閾値をわずかでも下回ると考慮集合から落とされ、これは売上に大きなマイナスになる。想起されなければ選ばれないからだ。結局、実務ではメンタルアベイラビリティ——カテゴリーユーザーに対して広く一定のアドストックを蓄積し続けること——に帰結する。
Take Away(5)
広告で知覚品質を高めるのは難しい。そもそも広告は「考慮集合に入る」までがメインなので、ブランド選択を直接変えるような効果を期待しても、肩透かしをくらう可能性が高い。
