今すぐにマルチデバイス対応をしなければならないのか?
石井氏がシニアコンサルタントを務めるアイ・エム・ジェイ社のMarketing & Technology Labsでは、オンラインマーケティングのプロセスを「見える化」し、ROIを最大化するためのコンサルティングやツール導入・運用サポートサービスを提供している。
数々の企業からマルチデバイス対応の相談を受けている石井氏によると、多くの企業において、サイトのスマートフォン対応やアプリの構築は発展途上の段階であり、『1.今対応すべきかを検討する』『2.どう対応すべきかを検討する』『3.効果をどう測るかを検討する』という3つのステップを極めるためには、まだまだ時間がかかる、という。
IMJG デバイス普及レポート2011によると、2014年には携帯電話とスマートフォンがほぼ同数となると予測されており、実感値としてはまだまだ普及していないと感じているかもしれないが、いずれはどのサイトもマルチデバイス対応に迫られる、と石井氏は語る。
携帯電話を利用していると回答した874人のうち、スマートフォンも併用している人は9人に1人という結果となった。スマートフォンでアクセスすると、PCサイトが表示されるため、PCサイトのアクセス状況には少なからず影響を及ぼしている、と考えられる。
マルチデバイス対応を特に急がなければならないサイトは?
しかし、はたして本当に今すぐマルチデバイス対応が必要なのかどうか、という悩みを解く判断材料としては、やや決定打に欠けるというのが、実際のところではないか。この疑問に対して、次のデータが提示された。
この表は、2009年から2010年にかけて、どのくらいアクセスシェアに変化があったかについて、デバイス別・サイトのカテゴリ別に調査したものだ。
サイトの最左列にあるVVとは、アイ・エム・ジェイ社がコンサルティングをしているヴィレッジヴァンガードを指しているが、スマートフォンからのアクセス割合が7人に1人(約15%)もあるのに対し、保険という複雑な商品を取り扱う保険系サイトでは、50人に1人しかないことがわかる。
その一方、20代~30代中心の男性ユーザーが多いECサイトでは、Android端末からのアクセスが560倍にも増えていたり、男性中心のメーカー系サイトでも222倍にまで増えていたりしており、サイトによって全く異なる結果となった。「マルチデバイス対応を特に急がなければならないのは、アーリーアダプター世代向け、もしくは男性ユーザーが多い商品・サービスを取り扱っているサイトだと言える」(石井氏)
さらに、みずほ銀行と無印良品の例を挙げ、「サイト内の全てのページを一気にスマートフォン対応する必要はない。流入口となる部分はスマートフォン対応しておき、途中からはPCサイトに流すなど、コンテンツによって対応していくという『スモールスタート』が最適ではないか」と助言した。
どう対応すべき?数ある選択肢の中から答えを見つけるには
スモールスタートするにせよ、様々な選択肢が存在するマルチデバイス対応には、具体的にどこから手を付けていけばいいのだろうか。その答えを導き出すヒントとして、石井氏は、まず一般的な指標を3つ提示した。
1 デバイス特性とスマートフォン・タブレット端末の位置づけ
デバイス別に、画面サイズ・表現力・機種依存・検索性・携帯性という5つの機能面で比較してみたところ、スマートフォンと携帯電話の大きな相違点として、「表現力」の高さが挙げられる。
「今後、広く普及していくにつれ、大きく変化する可能性が高いが、現在のところ、スマートフォンは表現力の高い携帯電話としての位置づけと言える。表現力が必要なサイトは、早いうちにスマートフォン対応した方がいい」(石井氏)
2 iPhoneユーザーの特性
日経BPコンサルティングの調査結果から、iPhoneユーザーは平均年齢が高めで、男性が圧倒的に多いことがわかった。『男性、女性ともに、自分の考え方や価値観を重視し、周りの人とは違うものを購入する傾向がある』という結果も興味深い。
iPhone対応を検討した方がいいサイトは、男性向け・年齢層高めなユーザーをターゲットとしている個性派ブランドと言えそうだ。別の角度から見れば、最も比率の高い30代女性をターゲットとした商品であれば、iPhoneアプリにAdMobなどを使って広告を出稿する、というのも効果的かもしれない。
3 デバイス別利用シーンの比較
これはデバイス別に、利用シーンについてアンケートを取った結果である。スマートフォンが得意とする利用シーンは、「コミュニケーション(メール・通話)をするとき」や外出先・移動中であることがわかるが、プライベート編に注目して「購入検討している商品を探すとき」の項目を見ると、パソコンを使うユーザーが突出していることから、今のところ、スマートフォンでは実際に商品を購入するところまでは至っていない傾向があるのではないかと言える。
コンバージョン数だけを見ていたら、なかなかスマートフォン対応に踏み切ることはできないだろう。しかし、外出先でスマートフォンを使って見た情報を、あらためて家に帰ってからパソコンで検索して購入する、というパターンも想定できるため、注意が必要だ。
アクセスログに見られる利用傾向の違い
次に、ヴィレッジヴァンガードオンラインのデータを元に、デバイス別の傾向を見てみる。
スマートフォン・タブレット端末の特徴として、TwitterやFacebookといったSNS系サイトからの流入が多く、閲覧は特定のコンテンツに集中していることがわかった。従来のPCサイトでは、メルマガやブックマークからの流入が多いことから見ても、スマートフォン・タブレット端末においては、独自の利用傾向があると言える。
さらに流入口が全く異なることが起因して、その後のサイト内の行動でも新たな特徴が見られた。TwitterやFacebookで提供したリンクから飛んでくるので、訪問頻度が多く、再訪問までの間隔が高い。けれども、直帰率は高く、滞在時間も短いという、ネガティブな側面も見受けられたのだという。
「良くなっている指標と悪くなっている指標があるため、何に着目すればいいのかわからなくなる。まずはアクセスログから閲覧が集中しているコンテンツを見つけ出し、そこから独自の利用傾向を把握し対応を進めていくことをお勧めする」と、石井氏はアドバイスをした。
アクセスログがない場合には、どうするか?
まだスマートフォン対応をしておらず、アクセスログからの傾向を計測できない場合には、どうすればいいのだろうか。そんなときにはアイ・エム・ジェイ社が提供する『Smart Device Matching-Score(スマートデバイス・マッチングスコア)』という独自サービスを使って、どのコンテンツをどのデバイスまで対応すべきかを判定するという手がある。
市場予測やマーケティング~テクニカルなどの多面的な観点で診断できるため、コンテンツとデバイスのマッチ度を定量的に押さえられるサービスだ。この結果を元に、マッチ度の高いコンテンツからマルチデバイス対応していけば、ユーザーの求めるコンテンツを効果的に提供することができるようになるだろう。
「マルチデバイス対応はいずれ必要になる。スマートフォンやタブレット端末は、PCやモバイルとは同一にされない、独自の利用傾向があるということを、しっかりと把握した上で、効果指標の設定・重み付けを再考しなければならない」(石井氏)
マルチデバイス化におけるデータ活用の悩み~データ収集
デバイスが多様化するにつれ、担当者の悩みとして増えてくるのが、“そもそもスマートフォンのデータがうまく取れない”というものだ。
デバイスのバージョンは今でも多いが、今後さらに増えていく。アクセス解析の数値を見て、すべてのOSをiPhoneだけで、Androidだけで、といったようにカテゴライズしていくだけでも、手間がかかるだろう。さらに、アプリ内のユーザー行動を分析したいというニーズは多いが、アプリ内はオフラインで動いているので、数値を計測することができない、というケースも発生してくる。
このような場合には、自分たちが何を知りたいのかと見極めた上で、適切なツールを選定することが大切だ。自社の環境に合わせて、計測のための設計や準備をする必要がある、と石井氏は語り、ツールベンダーが提供する3つのアクセス解析ツールを紹介した。
Visionalist:デバイス別レポート機能
- あらかじめセグメントされた端末種別の訪問回数や全体の割合を表示
- 絞り込み(フィルタ)条件として端末の指定が可能(iPhone/iPod/iPad/Android)
- 絞り込み条件を切り替えながら、経路分析、検索ワード、広告効果などの各種集計(カスタム検索)が可能
Google Analytics:アドバンスセグメント機能
- あらかじめ注目したいデバイスの条件を任意で登録できる(cf.iPhoneとAndroidをまとめて“スマートフォン”として登録)
- 一度設定してしまえば、サマリーレポートなども一瞬で出力可能
Adobe Site Catalyst:アプリ計測ライブラリ「App Mesurement」
- アプリの中にユーザー行動のデータを溜めておいて、サイトにアクセスしてオンラインになった時点で、溜まったデータを飛ばす仕組み
- サイトにアクセスした後もアプリ内からのデータを引き継いで、遷移分析が可能
マルチデバイス化におけるデータ活用の悩み~効果測定
アクセス解析をするためのデータ収集ができたとして、新たに生まれる悩みが“何を指標として効果測定すればいいのかわからない”というものだ。
ユーザーの流入経路や利用シーンが異なるスマートフォンでは、これまで重要視していたKPIを使って計測することは難しくなるだろう。そこで、石井氏が今後注目していきたい指標として、次の3点を挙げた。
「総接触回数・リピート率・顧客維持率」
スマートフォンだけでコンバージョンを上げるのは難しい。時間を置いてPCサイトから購入される場合も想定し、いつでもそばにいてライフタイムバリューを上げることに注力すべき。
「満足度・口コミ数」
ソーシャルメディア経由での流入が多いスマートフォンでは、いかに拡散されるかが重要。エンゲージメントを測る指標として、Retweet数やLike数、NPS(Net Promoter Score)などを使うと効果的。
ロイヤルティマーケティングの権威であるFrederick Reichheldが、自身の著書「The Ultimate Question: Driving Good Profits and True Growth」によって提唱している、カスタマーロイヤルティを図る指標。IMJには、日本人初のNPS認定資格保持者が在籍しており、コンサルティングサービスを実施している。
「コスト削減への貢献度合い」
オンラインマーケティングではProfitに目が向きがちだが、スマートフォン対応でユーザビリティを上げることによって、カスタマーサポートの人件費や通話料を削減する役割も果たせる。
「これらのデータを最大限に活用するためには、PCやモバイルなど、デバイス間の垣根なく最適化できる体制作りをしたり、CS部門や店舗との連携を図れる仕組み作りをしたりするなど、組織体制の見直しをしなければならない」と、従来のKPIに頼らない指標再考の重要性を説き、石井氏は本講演を締めくくった。