顧客体験をマネジメントするWEMとは
イントロダクションとしてFatWire株式会社 営業部ディレクター 佐藤高生氏によって、WEM Communityについて紹介された。
WEMとはWeb Experience Managementの略。Webのためのコンテンツ管理システムは、更新ツールとして利用するフェーズから、顧客体験をマネジメントするWEMに進化していると佐藤氏は語る。そこでWebマスターやIT部門の担当者の情報共有の場として立ち上げたのがWEM Communityだ。
WEMに関する情報や、セミナー・勉強会などのお知らせ、USTREAMセミナーのアーカイブなどが用意されているので、興味のある方は参照いただきたい。
グローバル企業の抱える問題
メインセッションでは、株式会社Nexal 代表取締役 上島千鶴氏によって「グローバル企業におけるリードナーチャリング」と題したプレゼンテーションが行われた。まず上島氏は前提として、グローバル企業を次のように定義した。
【広義】グローバル企業とは、「複数国でビジネスを展開する企業」を意味し、世界企業、多国籍企業、国際企業の同義語として使用する。海外でグローバル企業(=多国籍企業)は、Multinational Corporation(略称:MNC)と表記される。
【狭義】グローバル企業とは、「活動拠点をひとつの国家に置かずに複数の国にわたって世界的に活動している営利企業」
現在、グローバル企業の本社マーケティング担当者は以下のような悩みを抱えているという。
- Webガバナンスの一環でガイドラインを整備したが、国によっては勝手に決めてしまい統制が全く取れない
- リード管理をどこまで本社が手がけるべきか頭痛の種になっている
- Webと基幹を繋げて、グローバルにおけるコンテンツマネジメントに取り組みたいが、地域によって商品DBが異なり、どこから手をつけていいか分からない
- 現地サイトへの問い合わせは現地対応だが、グローバルサイト経由の問い合わせについてのパイプラインが整っていない
- リードから受注に至るまでのプロセスが断絶しており、マーケティングROIが全く測定できない
- SFAの導入にあたり営業プロセスの標準化を進めたいが、グローバル企業における標準ステータス管理の考え方を教えて欲しい
次に、本社主導で取り組んでいる内容としては「コーポレートアイデンティティ」「グローバルWebガバナンス&ガイドライン」「Webコンテンツマネジメント」があるとし、進んでいる企業では、「リードマネジメントプロセス」「マーケティングオートメーション」「キャンペーンマネジメント」「リード2レベニューマネジメント」に取り組みはじめていると紹介した。
一方、各現地法人が抱えている課題がいくつかあるという。現地法人が抱えて課題は次のような課題だ。
- ブランドの浸透(認知・理解促進)…国によっては全く知名度がない。マーケティング予算が限られている中で、日本のマスマーケティングは通用しない。
- 人材不足(リソース不足)…Webガイドラインはあっても、更新できる人やWeb統制は外注、マーケティング知識はゼロに近い地域も。
- 権限委譲の範囲…どこまで権限委譲していいものか。ステークホルダーやカスタマは国ごとに異なるため、マーケティングは自由にやりたいという要望が多い。
- 商品情報管理(PIM)の未整備…コンテンツとして使える素材や情報が整備されていない。商品毎の特性などナーチャリングに使える情報がそろっていない。各国に負担をかけている状況。
- マーケティングプロセスの違い…日本での営業プロセスを基準にして考えないこと。文化の違い、商慣習を考慮すること。
データで見るグローバルWeb環境
次に上島氏は、リードナーチャリングをする上で知っておくべき、グローバルWebを取り巻く現状について様々なデータを用いて解説。日本でも急速に普及しているFacebookについては、次のような状況となっているようだ。
- 1年以上前に既存SNSから逆転した主要国…米国/フランス/アイルランド/メキシコ
- 1年以内に既存SNSから逆転した主要国…フィリピン/サウジアラビア/インド
- 増加中…韓国/日本/ロシア/ブラジル/中国
- 急激に伸びている国…フィリピン/インドネシア/インド/サウジアラビアなど
- 対人口比50%以上…香港/カナダ
- 対人口比40%以上…アメリカ/スウェーデン/チリ/イギリス/オーストラリア
- 対人口比30%以上…ベルギー/トルコ/フランス/アルゼンチン/マレーシア/台湾
- 対人口比10%以上…ポーランド/ドイツ/オランダ/スペイン/イタリア/サウジアラビア/フィリピン/インドネシア/ベネズエラ/サウジアラビア/コロンビア/ペルー/メキシコ
- 対人口比5%以上…エジプト/タイ/南アフリカ/ブラジル
Facebookは、先進国より発展国や途上国、BOPと言われる新興国の方が多く使われており、デバイスはPCよりスマートフォンやタブレットからのアクセスが多いことがわかっている。
「ナーチャリングシナリオを考える際に、すべてをWebで行うという考え方はもはや古い。いろいろなところからタッチポイントを作っていく考え方が今後もっと必要になってくる」と上島氏は語った。
グローバル企業におけるマーケティングの今後
続いて、上島氏はグローバル企業が抱えるマーケティングの今後の課題について次の5つの点を挙げた。
- 進国と新興国ではネット普及やPC保有率が変わる。適したデバイスとチャネルを選択すること。
- コンテンツ(製品)情報配信先はWebサイト以外にも必要とされる。コンテンツ管理というよりもデジタルアセット管理が必要となってくる。
- リード創出から受注に至るリードマネジメントプロセスは先に定義し、ナーチャリング手段やシナリオや各地域に任せるべき。すべて日本から提供するというよりも各パシフィックに合わせてシナリオを考えた方がいい。
- 本社では各地域に対し、カスタマエクスペリエンスマネジメントのためのプラットフォームや仕組みが必要とされる。アメリカのアナリストデータによると、今後はすべてCXM(Customer Experience Management)の方向に向かっている。本社ではプラットフォームや仕組みは提供するが、運用するのは現地という考え方になっている。
- 国土の狭い日本のマーケティング手法は世界に通用しない。インバウンドマーケティングを主流に自然と認知される仕掛けをつくること。プッシュ型というよりは、ブログなどでいろんな情報発信によって接触し、ブランドを認知してもらう。
さらに、上島氏はフォレスターリサーチ社調べのアンケートデータを紹介。ヨーロッパ、北米のハイテク企業のマーケティング部門が最も重要視している指標は、1位 売上、2位 マーケティングROI、3位 リード関連の指標、4位 ブランド認知、5位 顧客満足度だという。
また、マーケティングシェルパ社調べの「マーケティングの目的は何か」を聞いたアンケート結果では、全935社のうち78%の企業が「質の高いリードを生み出すこと」と答えたことを明かし、「単にリードの数が多ければいいという考え方ではなく、PRとなるようなバズ(クチコミ)をどうやって生み出すのか、ソーシャルを活用して認知を広めるか、ということに海外では意識がシフトしている」と上島氏は語った。
では、いったいどのようにリードを管理すればいいのだろうか。SFAツールのステータス管理と同じような考え方で「リードマネジメントの定義が必要」だと語る上島氏。しかし、実際は定義をしないまま、とにかくリードを獲得することに注力しすぎている企業があまりに多いと警鐘を鳴らす。
「リードマネジメントの定義をしないまま、キャンペーンを打って大量のリードを集めると、実際に営業が売りたいターゲットではないというミスマッチが起こってしまう」(上島氏)このようにならないためには、すべてのマーケティングプロセスを整理して、評価指標・目標値を決めていく必要があるという。
目標を考える場合は、まず目標の売上を設定し、その売上のためにはどのくらいの商談数が必要か、その商談数を実現するには営業に渡すためのリード数はどれくらい必要か、そのリード数を集めるためには何が必要かという逆算で考えていく思考が大切だ。欧米で実施された「2011年度のマーケティング部門の予算はどの活動に配分されると思うか」というアンケート結果を見ても、リード獲得(ジェネレーション)よりリード育成(ナーチャリング)にあてる予算配分が年々上がってきているという事実がわかる。
新しい地域に進出したばかりの頃は、認知やリード獲得に予算をかけることは当たり前だが、ヨーロッパは多言語であり、国毎、地域毎に傾向が異なることにも注意が必要だ。
リードナーチャリングが必要な商材としては、検討から購入までのプロセスが長い、もしくは購入頻度が低いものに加え、単価の高い商材も挙げられる。次に一般的なリード獲得から受注までのマーケティングプロセスを見てみよう。
月に10件などリード数が少なければ、営業にすべて丸投げしてしまってもいいが、リード数が多いときには、すべて営業が対処することはできない。そのような場合は、営業に渡す前に対象リードを見極める必要がある。
さらに、その後ナーチャリング活動をしながら、育成&見極めをして確度の高いものを選別した上で、営業に渡せるタイミングを見極める。受注に関してはCRM、既存客はERPといった専用DBが存在するが、営業が使用するSFAは案件名・企業名で管理されている場合が多い。
しかしリードナーチャリングでは個人ベースで管理する必要がある。現状では、このナーチャリングデータベースと呼ばれるシステムが存在しない企業がほとんどであり、上島氏はその重要性を強調した。
リードナーチャリングとは
リードナーチャリングとは、いつ買うのかというタイミングに関係なく見込客が購入を決意するまでの間、関係を構築するプロセスである。ここで言う見込客とは、すべてのリードではなく、自分たちが売りたい客、買ってくれそうな客を指す。
言いかえれば、すぐに商談や案件・受注に繋がらない場合、見込客が購入(または検討)するまでの間、様々な情報を提供しコミュニケーションを継続することによって、自社製品・サービスの興味を高めていくマーケティング活動(過程)や取り組み(手段)を行うことと言える。
つまり、水面下(オンライン)で顧客の状況を押さえておき、タイミングを見計らうという対面営業でのノウハウを応用した考え方なのである。
なぜリードナーチャリングが必要なのか。BtoBマーケティングサービスを提供するMarketo,Inc.では次にように定義している。
“自社サイトに訪れる見込客の95%は情報を探すために来ており、その70%が最終的に自社または競合企業から製品を購入している。したがってマーケティング担当者と営業担当者は、見込客のあらゆる興味段階において、お互いに協力し合いながら、質の高い情報やコンテンツをタイムリーかつ状況に応じて提供しなければならない”
「日本企業のWebサイトを見てみると、商品情報、会社概要、ニュースリリースなどしかなく、それで本当にナーチャリングできるのかと、疑問を持たずにはいられない。コンテンツ不足の会社が本当に多い」(上島氏)リードナーチャリングの重要性を説くために、上島氏はBtoBにおけるリード増加と案件・商談化までの関係をグラフ化したスライドを紹介した。
これは左が2004年時点、右が2010年時点を表している。Webマーケティングの普及により、リードの母数となるWeb来訪者は約10倍に増え、リード獲得数も約40倍増えている。これにともない、提案案件獲得数も約20倍になっているが、ここで注意したいのが案件化までにかかった平均期間が2004年時には2.5ヶ月だったのに対し、2010年には6ヶ月にまで伸びている点である。
この期間は年々伸びる傾向にあり、案件数が増えたからといって喜んでいるだけではいけないと上島氏は指摘。リードから案件化までに落とした人たちを分析すると、何度もWebに来訪していることが分かるはずであり、リードの行動を可視化することから、必要なコンテンツやチャネルを選定していく重要性を説いた。
有効なリードの見極め方(クオリフィケーション)
リードとは、受注までに必要な個人に紐づくすべての情報を意味する。つまり、SFAに顧客情報として登録するような、個人情報や名刺情報だけとは限らないのだ。標準的なスコアリング指標として、上島氏は次の項目を紹介した。
どのような行動が見込度の高い客か、ホットリードとなるのか判断するためには、次のような項目を洗い出し、シナリオに沿ったWeb施策が重要となる。
不動産業界であれば土地を所有しているか? 戸建てなのかマンションなのか? など、契約に繋がる情報すべてをリード情報として管理していくといった要領だ。この項目は、リードナーチャリングの進んでいるアメリカでは、現職の年数、過去の受賞履歴、社会の影響度など、FacebookやLinkedInからも情報を取得して活用しているという。
リードナーチャリングの実行に必要な要素
リードナーチャリングを実行する際に必要なものは、正しいプロセス、コンテンツ、データ、そして人材の準備をしておくことであると語る上島氏。ここまでの内容をまとめると、以下の表になる。
顧客のリード情報は、提供コンテンツのギブアンドテイクで集めるということを肝に命じよう。リードは1回フォームを通過したら終わりというわけではない。しっかりとリードを見極め、ナーチャリングをしながら、さらに詳細なリード情報を獲得していくことが大切だ。この手法を実現するためには、コンテンツマーケッターの育成と、デジタルマーケティング組織を持つことが一番の近道である。
コンテンツマーケッターになるために
「どういう人たちをナーチャリングしたいのか」によって、コンテンツの内容は変わってくる。営業がリアルで行っている初期段階の流れを、Web施策として再現するイメージを持つとわかりやすい。
例えば、「印刷物をPDFに」「DMをメールマガジンに」「セミナーをウェビナー(オンライン・セミナー)に」「初期ヒアリングをアンケートや診断コンテンツに」「秘話をブログなどに」というように置き換えていくわけだ。自社サイトで使えるコンテンツが、20種類紹介された。
細かい情報は競合に知られたくないという企業が多く、すぐに会員サイトへ誘導したがるが、会員サイトへ登録するためのフォームでまず離脱が起こり、機会損失につながると上島氏は指摘する。リードの行動・見込度合いに応じて、コンテンツを出し分けるのが有効だ。シナリオの作り方の一例を見てみよう。
このようなシナリオを、展示会やイベント毎、キャンペーン毎、商品毎などに組んでいく。同じコンテンツを全員に配信するというこれまでのやり方ではなく、特定のお客さんに特定のコンテンツを送るのがナーチャリングであると上島氏は説いた。
購買プロセスを細かく定義したり、セグメントに分けたりしてから、ユーザーのマインドを落とし込んだ上で、「その人たちが持っている知識」「行動しそうな内容」「その際に必要なコンテンツ要素」を考慮に入れながらコンテンツを選択していけば良い。まだ具体的なニーズがない潜在顧客もマーケットとみなし、Facebookでコンテンツを提供しながら育成していく企業も増えているという。
このようなデジタルマーケティング組織にするためには、まずは関連性のあるデータの融合から始め、部署間によって異なる技術スキルとビジネススキルのギャップを埋めることが大切だと語る上島氏。
それから地域独自の法律・取り組みを管理できるグローバル・プラットフォームを計画する「大きく考えて小さく始める」発想が不可欠だという。これからのCMSは、コンテンツを管理するだけではなく、コンテンツを出し分けるためのリード情報を繋げていくシステムが求められていると語った。