具体と抽象を行き来する視点を持つことが大切
青葉――お話を伺っていると、目指すビジョンの壮大さに比較して、気負うことなくとてもしなやかに取り組まれているような印象があります。それはご自身の考え方によるものなのでしょうか?
奥谷:そうですね、何事も動かないより動いた方がいいし、思い切りやってみよう、と考えているところはあると思います。若い時に苦い経験があって、ちょっと前向きになれなかった時期がありました。それが、今思うともったいなかったなと感じるんですよ。だから、やらずに後悔するのはもういやだなと思うんです。
それから、些細なことかもしれませんが、不良ばかりの中学で文化祭の委員になって、準備不足で当日にひどい失敗をしたんです(笑)。真剣に取り組んだ上での失敗ならそこから得るものもありますが、「やるからにはちゃんとやらないと痛い目を見る」というのはこの中学時代の経験から学びましたね。

青葉――そのような過去の経験があって、今の奥谷さんがいらっしゃるのですね。反対に、今後の仕事について、どのような展望をお持ちか教えてください。
奥谷:近い将来、WEB事業部を“CRM部門”に変えていきたい。当社はこれまでも比較的、顧客との対話に重きを置いてきていますが、ソーシャルメディアを活用すればもっと顧客に対する理解が深まるはずです。無印良品を今より身近に感じてもらえるOne to Oneのマーケティングもできるでしょう。
それから、自分のこだわりとしては、大学院で学んだ定量的に捉える視点を持ち続けたいと思っています。普段、ビジネスマンの視点で現場を見ていると、どの施策も具体的でケースバイケースですから、なかなか定量化という発想に至りません。でも、学者の視点はまったく逆で、全体を俯瞰し抽象化して捉えるから定量化できるし、そこから次の見通しを立てることもできる。この、具体と抽象を行き来する視点は、マーケティングマネジメントにおいてとても大事だと思います。
青葉――最後に、奥谷さんが考える「マーケティング・プロフェッショナル」とは。
奥谷:マーケティングの仕事は、一人ではできません。先ほどお話したように、“小さなサイクルを高速で回す”スタッフ一人ひとりの動きが原動力になります。プロジェクトが終了したときに、「俺がやった」ではなく、成功の原動力となってくれた関係者に「ありがとう」とちゃんと言える人がプロフェッショナルではないでしょうか。それから、私はスタッフのみんなに「小さなリーダーシップ」を期待しています。常に考え続け、動き続けることも重要です。自分が考え付くようなことは先人がすでに気付いていたりしますが、実行するかどうかで差がつきます。実行するためにも、考えるのを止めないことが大事なんじゃないかと思っています。(文・高島知子)
1980年に無印良品が誕生して早30年。変化が激しい流通小売分野で、これほど一貫しているコンセプトを持つ企業は珍しいのではないでしょうか。徹底して無駄を排除し、モノ本来の持つ美しさ、お客様に使い方を考える余地を残すモノづくり。多くの日本人に今もなお支持されているのは、無印良品そのものが、日本古来の簡素さや慎ましさを持っているからに他なりません。
取材後、「無印良品とは何か」「無印良品らしさ」という熱い会話を聞くにつれ、この企業が単に販売を促進するためにWebを使わず、顧客とのコミュニケーションを通じて、本当に交流していくことを望んでいる、ソーシャル時代の先進的な企業であることを痛感しました。取材中、終始笑い声が絶えなかったのですが、「笑わすこと」と「周囲にありがとうをちゃんと言えること」を大切にしている奥谷さんの笑顔が何より印象的でした。
