飛行機のチケットの場合
飛行機のチケットは「一物多価」が成熟しているマーケットのひとつです。「早割」「先得」など購入タイミングにより価格が異なったり、比較サイトと店頭窓口など販売チャネルによっても価格が異なります。また、マイレージステータスによっても実質的な値引き率が異なることはよく知られた事実です。
飛行機の「一物多価」(ダイナミックプライシング)を決める最重要パラメーターは残席数(在庫量)です。飛行機は限られた座席キャパシティを販売する産業ですので、需要が強く座席が埋まりそうであれば高く、売れ残りそうであれば安くすることで総売上を最適化します。
一方で小売店は、飛行機に比べて少量多品種を販売し(コンビニエンスストアで1000SKU[※]程度)サプライチェーンも航空機ほど単純でないことから、在庫量のみをパラメーターとして時々刻々と価格を変えることで最適化するロジックは、複雑なうえに効果が限られます。お店で販売しているあらゆる商品の値段をダイナミックに変えるという発想は、POSの仕組みやオペレーションの変更が非常に大変なので、そこまでの劇的な変化がすぐに起こるとは考えられません(ECでは起こりつつあります)。
※SKU(Stock Keeping Unit):在庫管理を行う際の最小単位
「一物多価」を“人”に対して行う
小売店で「一物多価」を何に対して行うかを俯瞰したとき、商品よりも人に対して行うことが簡単だということがわかります。人は商品よりも対象となる数が少なく、仕入れで毎日変わるようなことありませんので、AさんとBさんの割引率を変えるということはより簡単に思えます。
商品に対する「一物多価」は飛行機の場合、在庫量が最重要パラメータでしたが、人に対して「一物多価」を行う場合に、より重要になりそうなパラメーターは個客の生涯顧客価値(ライフタイムバリュー:Lifetime Value)です。
つまり、個客の生涯を通算したときによりお金を落としていってくれる優良顧客になってくれそうであれば、割引をしてでも固定客になってもらい、そうでないお客様にはあまり値引きせずより短期のスパンで利益を回収するという考え方です。生涯顧客価値は、固定客化と、シェアオブウォレット(Share of wallet。可処分所得の中で自社商品にどれだけお金を落としてもらうか。具体的には併売の促進や単価の向上)を高めることによって引き上げることができます。
これを実行するために必要なのは、生涯顧客価値を把握したうえでリワードやクーポンを実施するということです。
個客の生涯価値分析に基づく「疑似的な一物多価」
カオスマップに話を戻しましょう。カオスというだけあって、このカテゴリ分類は固定的なものではありません。すぐに起こりそうなのは、ペイメント(決済)やロイヤリティプログラムなど、「個客」のデータを持つ領域のサービスと、リワードやクーポンの領域が結び付くことです。
上述したような個客の生涯価値に合わせた疑似的な「一物多価」を行うためには、個客データだけでは不十分ですし、個客データを持たないリワードやクーポンも継続して小売りの利益率を改善することにはつながりません。
一方で、加盟店や会員獲得に長い期間とデータの蓄積を要するペイメントやロイヤリティプログラムの世界の時間軸と、栄枯盛衰が激しく多面的な差別化競争にさらされるリワードやクーポンのサービスの時間軸は相いれず、必要な資質も異なるため、ひとつの会社が両カテゴリを統一することは近い未来には起こりえないと考えられます。つまり、Squareがグル―ポンを駆逐したり、グル―ポンがアメリカンエクスプレスになり代わる可能性は低く、むしろ両者が提携することに互恵的な意義があると考えた方がよさそうです。
カオスマップでは「Intergrated Systems」と分類されているGoogle WalletやPayPalがこの両取りを狙っているようですが、すべてを置き換えるにはまだまだ時間がかかりそうです。
国内O2O業界は「疑似的な一物多価」が浸透
国内であれば、まず決済系のプレーヤーは、米国に比べたクレジットカード利用率の低さ(現金支払率の高さ)や電子マネー事業者が乱立(ナナコ、ワオン、スイカ系、Edyがそれぞれ20%前後のシェアを保有)しておりデータ統合の実現性が低そうな点、ロイヤリティプログラムもJAL、ANAのマイレージ、Tポイント、Ponta、楽天ポイントなど競合する事業者がしのぎを削っている点からみて、これら個客データ保有者側のプレーヤーが、今後も増えるであろうクーポンやリワード系のサービスと複雑に連携し合っていくことが想定されます。
決済やロイヤリティプログラムのプレーヤーが、クーポンやリワード系のサービスと組んでいくことで、個客の生涯価値分析に基づく「疑似的な一物多価」が浸透していく。これが今後のO2Oの業界を追っていくうえで重要な視点です。