議論の背景にあるもの
これまで、2つのマーケティングリサーチ不要論を取り上げてきましたが、そこにはいくつかの誤解があるように思います。
まず、ジョブズに代表される不要論が意味することは何でしょうか。そこで指摘されているのは「革新的な商品開発を行うには」という前提があるように思いますし、「消費者に欲しいものを聞いても答えられないし、いいかげんな答えしか返ってこない」ということです。
この指摘は、ある意味当たり前のことです。よく、「顧客の声を聞け」と言われますが、この言葉が誤って解釈されているのではないかと思うのです。「あなたは、何が欲しいですか」「何が不満ですか」「この商品を欲しいと思いますか」と聞くことがマーケティングリサーチであり、得られた回答をそのままに受け取り、商品やサービスを開発すればよいと考えているとすれば、それはリサーチについての理解不足だと言わざるを得ません。

つぎに、いわゆるビッグデータを背景とした不要論ですが、ここでの問題はマーケティングリサーチをアンケートやインタビューなど従来の手法に限定している点にあります。マーケティングリサーチは、「市場や顧客について把握する行為すべて」を指すと言っていいでしょう。このような視点に立つと、ビッグデータももちろん含まれることになり、この議論は、やはりリサーチを狭い範囲でしか理解できていないと言えます。
さらに、2つの不要論に共通するのが、データを集めることだけをマーケティングリサーチだと捉えているのではないかと思われる点です。たしかにデータを集めることが、主要な機能であることは否定しませんが、その前段階の計画の考え方、その後のデータの集計や分析を含めて、マーケティングリサーチなのだと考えるべきです。
道具として使いこなすために――3つの機能から考える
マーケティングリサーチの仕事を始めたころ、よく言われた言葉があります。それは、「マーケティングリサーチはツールだ」ということです。道具は、ある目的を達成するために使われるものです。道具自体が何かを生み出すことはないのです。道具は、目的に沿って正しく使えば有益なものですが、目的や使い方を間違えると無益どころか害を為すものになります。
では、マーケティングリサーチの目的とは何か。大きく3つあります。ひとつは、新しい商品やサービスの開発を含めたマーケティング活動についての仮説、つまり方向性を探るためのものです。しかしここで行うことは、これまで何度も指摘したように直接気持ちを聞くことではありません。顧客や市場の実態を把握し、深く理解することがベースになります。2つめは、得られた仮説を検証するためのものです。仮説はあくまで仮説にすぎず、すべてを実行に移すことは非効率です。正しいのか、効果があるのか等についての確認が必要になります。3つめは、実行に移されたマーケティング活動の結果を検証し、課題点を把握するためのものであり、この結果自体が次の仮説に示唆を与えます。
道具の種類=手法についても、アンケートやインタビューに限定することはありません。ビッグデータを含め、いまは多様な道具が揃っています。そして、これらの道具ひとつひとつには、使うべき用途があり、使い方があり、それぞれのメリットやデメリットがあります。
そして、マーケティングリサーチを行うベースとして知っておくべきことも少なくありません。どのような考え方の上に成り立っているのか、使う前に準備しなければならないことは何か、得られたデータ=素材を使える情報に仕立て上げるにはどうしたらいいのか、などです。これらの考え方を理解してこそ、マーケティングリサーチは有益な道具としての役割を果たすことができます。