企業のブランディングにネット広告はどう寄与するのか?
MarkeZine編集部:塚本さんは、今年からKDDI宣伝部でネット関連の取り組みを統括されていますが、それまでのご経歴はエフエム東京から電通、オプトと非常に多岐にわたっていらっしゃるのですね。
塚本:そうなんです、変わっていますよね(笑)。
友澤:先日開催されたアドテックで、塚本さんが登壇された公式セッションはMarkeZineでも記事になっていましたが(記事:最新アドテクノロジーから読むマーケティングデータ分析)、ディスプレイ広告の価値はCPCやCPAでは測れない、というお話には非常に共感しました。そうした考え方は、これまでのご経歴が影響しているところがありますか?
塚本:ありますね。特に2000年代前半、電通のブランドクリエーションセンターという部門でブランドコンサルタントのような仕事をしていた経験が、自分にとっては大きかったと思います。当時のブランドコミュニケーションは、新聞15段広告やテレビCMで華々しく打ち出すことが多く、ネット広告はまだ本当にオプションのような存在でした。
でも私は、双方向にコミュニケーションを図れるネットのような場でこそ、生活者の中にブランドを築くことができるのでは、と感じていまして。それで08年にネット広告専業社に転職し、縁あって今は広告主サイドに来ました。この5、6年ほど、私のテーマは「インターネットを活用したブランディング」なんです。
CPC、CPAだけでは本当のメディアの価値は測れない
友澤:その間、デジタル領域の位置付けは大きく変わったと思います。アドテックで話されたように「CPAが悪かったアドネットワークでも、広告接触者のサービスの利用意向は他の広告より大幅に伸びていた」という状況がある以上、ネット広告の効果はもはやCPCやCPAだけでは測れない。
塚本:CPAだけを見てそのネットワークを切っていたら、本当のメディアの価値を活かしきれなかったと思います。「ネット上でのブランディングはコンテンツやソーシャルメディア」という流れから、ディスプレイ広告にもインプレッションの価値があると認められつつあるし、実際に認知や利用意向の向上に貢献しているのはとても興味深いですね。
友澤:ディスプレイ広告でも、クリエイティブ次第で、いわゆる“刈り取り系”ではない効果を上げることができるようになっているということですね。
塚本:デジタル領域は、マス広告とは対極に「効果を数値で可視化できる」という点を特徴として伸びてきた市場なので、CPCやCPAが共通言語になっているのは仕方がないのかもしれません。
でも、我々KDDIのようにオンラインでコンバージョンが完結しない広告主の場合、これらの指標だけでは社内に説明が足りずアカウンタビリティを果たすことができない。そうすると、この施策にいくらアロケーションすればいいのかといった判断もできませんよね。だから、本当のネット広告の効果をいろいろな観点から可視化しようと、今まさに取り組んでいるところです。
気持ちが緩んだときに接触できる「習慣のメディア」
友澤:私もYahoo! JAPANを使って自社の宣伝活動をする立場として、テクノロジーが進化したからこそ、CPCやCPAでは測れないクリエイティブ次第で効果に差がつくと実感しています。
塚本:クリエイティブは重要ですよね。でもYahoo! JAPANは他のネット媒体とかなり性質が異なっていて、どういう気持ちでトップページに接しているかがそもそも違うから、効果が変わるという側面があると思うんですよ。
出社してPCを立ち上げてまず見るとか、一息入れたいときに「何かヤフトピに面白いニュースがないかな」という感覚で接触するとか。生活の一部として「ネット上でのエントランス」や「習慣のメディア」になっているデジタルの面というのはYahoo! JAPANトップ面の大きな特徴だなと。
友澤:なるほど。媒体サイドとしては、来たくて来るメディアであってほしいという思いもありますが(笑)、確かに知りたいことがあって検索している最中に出る広告と、何の気なしに見ているサイトに出る広告では、後者の方が人の心に入りやすいかもしれない。
塚本:同じファーストビューでもインプレッションの価値が違うと思いますよ。広告はそもそもアウェイな存在かもしれませんが、目的意識が低く気持ちが緩んでいる状態で接した面であれば、クリエイティブ次第で高いポストインプレッション効果が見込めると思います。また、短期決戦でオンラインのコンバージョンを上げるのか、長期的にブランディング目的で使うのかだと、当然クリエイティブも見るべき指標も違ってきます。
KPI設計のデザインには、右脳的な発想が必要
友澤:今のお話に関連して、ネット広告だとCPCやCPAがKPIに設定されていることが多いですが、私はこのKPIをもっと柔軟に設計するべきではないかと思っているんです。KPIの設計は、完全にデータの世界だと思われがちですが、実際のところ非常にクリエイティブな作業で“アート”の領域でさえあると思うのですが、どうですか?
塚本:ああ、それはよく分かります。先ほどのブランディングの効果や最終的なマーケティング成果を見据えるほど、今までKPIとして扱われてきたCPCなどの「1単位あたり何円」というただの計算だけでは立ち行かないと感じています。
友澤:KGIとKPIが混同されて語られているのも、原因の一つだと思います。ゴールは一つでも、そこにたどり着くために何を中間指標とみるかは、それこそマーケターの腕の見せ所で。抽象的な話になってしまいますが、データサイエンティストと呼ばれる人に多い左脳系の発想だけでなく、右脳系の発想が必要です。
塚本:エクセルシート上の計算式だけでマーケティングの成果を把握しようとするのは、今のデジタル業界の最大の問題点かもしれません。我々が向き合っているのは生身の生活者だから、このディスプレイ広告がコミュニケーションにどう反映されていくのか、いつも想像力を働かせていないと、机上の空論になってしまいますよね。
自社のビジネスにおいて本当に機能するKPIを追求する
友澤:ネットを含めたコミュニケーション活動全体の効果測定でいうと、よく「テレビのGPRに代わるようなネット広告の指標があれば」といった話も聞きますが、そのあたりをどのように考えられていますか?
塚本:個人的には、業界の統一指標はなくてもいいと思っています。あるほうが媒体サイドは売りやすいでしょうが、本来は企業側が、自社のビジネスに合わせて「何をKPIとするか」をもっと突き詰めて考えるべきだと思います。その点は日本の広告主はもっと努力する必要があると感じています。
友澤:ゴールまでにユーザーがたどるいろいろな行動様式の中で、どの地点にKPIを置くかは、その企業次第ということですね。自社のビジネスにおいてちゃんと機能する指標であればいい。
塚本:我々は研究者ではないので、そのKPI設定が正しいかどうか、分析の精度が突出して高いかどうかはあまり関係ないんですよね。最終的にパフォーマンスが上がればいいわけですし、そういう指標はおのずと自分たちの現場の実感にも沿っている。
逆に、「これをKPIとする」と現場に伝えたときに、現場が戸惑ってしまうのはふさわしくないんです。今の私の立場でいうと、最終的なゴールやKPIに対して自分の仕事がどう貢献できるかを一人ひとりがブレイクダウンでき、モチベーションにつなげられるような指標の設定や仕事の設計が大事だと考えています。
ビューアビリティーでネット広告の効果を判断する
友澤:広告会社やメディアサイドにも、そうした広告主をサポートできるように視野を広げる必要があると思いますが、そのためにはどうしたらいいでしょうか?
塚本:例えば、A3のエクセルシート1枚だけで商談するのをやめることが、最初の一歩かもしれません。最終的なコミュニケーションの目的が見えにくくなってしまいますから。ソーシャルメディアの運用をしてみるのも、学びが大きいと思います。明確なコンバージョンがない場合に、何をKPIとして自分の成果を示すかを考えることがヒントになる。要は「汗をかく」ことが大事ではないでしょうか。
友澤:運用してみないと分からないことが、たくさんありますからね。最後に、これから注力したいテーマなどを教えていただけますか。
塚本:一つは、テレビとネット、店頭とネットなど、クロスチャネルでのブランディング効果を可視化することです。我々の顧客は情報感度が高い人から高齢者までさまざまなので、ターゲットごとの効果も違う。その点も追求したいです。
ネット広告でいうと、ビューアビリティーに注目しています。海外では、単なる表示ではなく、本当に見られたかというイン・ビュー(広告面積の50パーセント以上が1秒以上ブラウザの表示領域に露出)で判断するという話もあるわけで。そのあたりは、広告主とともにぜひYahoo! JAPANに推進していってほしいですね。
友澤:そうですね、広告主の関心の高まりは感じているので、探っていきたいところです。