通販事業の成長を加速させた考え方
加藤氏:御社の直営店「ワインショップ・エノテカ」は多くの百貨店や商業施設で目にします。一方でECサイトも非常に充実している印象を持っています。改めて、エノテカさんの詳しい事業内容を教えていただけますか。
池照氏:当社はワインのインポーターです。全国50以上の直営店とECの他、卸事業を行っており、これら3つのチャネルで販売している点が当社の特長です。
MarkeZine編集部(以下、MZ):通販事業では、今年「Salesforce Marketing Cloud(以下、Marketing Cloud)」を導入して成果を挙げられているそうですが、導入前はどのような課題があったのでしょうか?
池照氏:通販事業は会社全体の成長を牽引するために非常に大きな成長を必要としています。人的リソースの投入やさらなる広告の投入等、これまでのやり方だけでは高い成長を維持することが難しくなってきていました。バナー広告などを通して一定の新規購入はあるものの、2回目購入に結びつきにくい状態だったのです。私はエンジニア出身で、2014年秋にITと流通の担当役員として当社に参画したのですが、年明けから通販領域も管轄し、この課題に取り組むことになりました。
まず着手したことが「当社のコアコンピタシーは何か」を考えること。この会社は、ワインに詳しい社員が本当に多い。3つの販売チャネルもユニークですが、それ以上に、スタッフのワインに対する知識・思いが強みです。実際に店頭では、皆がその知識を丁寧に言葉にして、お客様へ伝えています。通販でも、この強みをコンテンツとして展開し、店舗と同じくらい充実した体験を提供するべきだと思い至りました。
店舗での対応をECでも実現する方法
加藤氏:店舗での対応を考えると、通販にもその強みをもっと反映できるだろうと。
池照氏:ええ。そこで、質の高いコンテンツをつくれるスタッフを増やし、高いコンテンツのクオリティを維持しながらキャパシティを強化しました。
すると、次は「適切なコンテンツを適切な人へ、適切なタイミングで」出したいという課題が挙がり、その流れでマーケティングオートメーション(以下、MA)を検討し始めました。
加藤氏:コンテンツマーケティングの施策を進める過程で、MAの活用に進まれたのですね。
MZ:数あるMAツールの中で「Marketing Cloud」を選ばれたのは何故ですか?
池照氏:私が重視したのは「誰と一緒にやるか」という点です。もちろん、複数製品の機能の比較もしました。ですが、どれだけ担当の方が熱心に、当社のマーケティングを一緒に考えてくれるか。そのコミットメントと能力という点で、セールスフォースを採用したのです。
MZ:なるほど。現在は具体的に、どのようなことに取り組まれているのでしょうか。
池照氏:今は「初回購入者に2回目購入を促す」ことに注目したカスタマージャーニーを設計し、それを回している最中です。
例えば当社の繁忙期である12月には、通販で毎年約1万人の新規購入があります。ここから定着率を伸ばせれば、成果が見込めます。特にブランドとの距離感を考えると、初回購入者が2回目、3回目と購買を重ねるときの私たちとの距離の縮まりようが大きいんです。そこで、まずは2回目購入を促すジャーニーを設計しました。
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「次はこれを飲んでみてほしい」をジャーニー化
加藤氏:具体的に、カスタマージャーニーはどのように設計しているのでしょうか
池照氏:初回購入商品をキーとして数種類のメールを送り分けて、適した商品をお勧めし、適宜クーポンなどを発行して次回の購入を促します。
例えば、当社のエントリー商品である「エヴァーグリーンボックス」というセット商品を買ってくれた人には、次に違うセットを勧めてみる。反応がなければ、最初のセットに含まれるブランドから別の商品を紹介したり、同じ生産国や地域、ぶどうの品種で別の商品を紹介したりしています。また、ワイン自体のエントリー層なのか、普段からワインは買っているけれどエノテカでの購入は初めてなのかによっても、コンテンツの内容は変わります。
先ほど申し上げた通り、当社はワイン好きが多い会社。「このワインが好きなら、次はこちらも、ぜひ飲んでいただきたい」というお勧めをスタッフ一人ひとりが持っています。お勧めのパターンを緻密に分解して、シナリオメールの分岐に落とし込んでいきました。
加藤氏:なるほど、お客様に適切なワインを提案するアプローチ自体が御社のコアコンピテンシーであり、その最も強い部分が反映されたジャーニー設計ですね。
私は「JAPAN CMO CLUB」(※)の活動を通して、多くの企業のカスタマージャーニーについてお話を伺ってきました。そのなかで、自分たちの価値が反映されたジャーニーが最も結果が出ると感じています。その点で、御社の落とし込みは非常に素晴らしいですね。
※JAPAN CMO CLUB:宣伝会議がセールスフォース・ドットコムの協力の下に運営する、マーケティングリーダーによる非営利組織。詳細はこちらの記事をご覧ください。
店員の暗黙知をデータで再現する
MZ:実際にMAを運用する際、「Marketing Cloud」で特に活用している機能は何でしょうか?
池照氏:非常に優れているのは、顧客の情報を簡単に集約できる「Contact Builder」という機能です。当社も既存の基幹系システムに購買情報などを蓄積していましたが、統計情報にはなっていませんでした。
店舗のスタッフは、お客様の性別や年齢層などの属性、予算や味の好みなどを踏まえてワインをお勧めしています。そこには経験に基づく暗黙知も多いですが、社内で分散していた複数のデータを「Contact Builder」でまとめることで、ある程度ロジカルにパターン化できるようになりました。
加藤氏:「この人ならこれを」といった、店舗のスタッフが無意識に行っているセグメンテーションを、データで実現しているのですね。
池照氏:その通りです。顧客をきっちりセグメンテーションできれば、我々には手の打ちようがある。「この人なら」の部分が店舗では暗黙知でしたが、これをデータではどう導くか、エンジニアのチームと相当深くディスカッションをしましたね。
商材的に難しいのは、例えば100本限定の高価格帯のワインを3万人にお知らせすると、売り切れて苦情につながったりもする。セグメントが、販売する商品のキャパシティに合うサイズかどうかも重要です。それらも含めて「Contact Builder」が、また「Marketing Cloud」全体が機能しています。
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2回目購入率が1.5倍に伸長、その理由とは
MZ:この取り組みを通して、実際の効果はいかがですか?
池照氏:新規購入者の30日以内の2回目購入率が、ジャーニーによって1.5倍上がりました。メールの開封率は40%、リンクのCTRは約5倍になりました。それぞれに適した内容を届けられている表れだと思います。
加藤氏:ここまで顧客中心に考えたアプローチをジャーニーに落とし込み、しっかりKPIを持って数値で効果を上げられているのは稀有な例だと感じます。なぜ、ここまで成果が上がったとお考えですか?
池照氏:おそらく、ワイン好きがワインを売る、その売り方を反映したからでしょうね。店舗での販売は必ず顧客起点なので、デジタルマーケティングでもデータ起点ではなく顧客起点で、「顧客に起こしてほしいアクション(=次はこのワインを飲んでほしい)」を先に描いてからセグメンテーションしたことが奏功したのだと思います。
加藤氏:顧客の嗜好に合わせた提案ができるという“自社の強み”をジャーニーに反映して成果を上げられているのですね。このコンセプトは、他の業界でも活かせそうです。
“5万本の中のベスト“を見つけてもらうために
加藤氏:今は初回から2回目の引き上げに特化しているエノテカジャーニーを、今後は俯瞰的にどうされていく展望をお持ちですか?
池照氏:ワインを知っていく過程は多くの場合、一度様々なものを試した上で本当に好きなものが決まっていきます。これも加味してジャーニーを設計して、満足いただける購入経験を重ねていただきたいですね。
一人のお客様に、5万本あるワインの中からベストの1本を見つけていただくというホスピタリティーが、当社の成長の源泉です。通販でもそれを踏襲して、より小さなセグメントに落とし込んだOne to Oneマーケティングを展開したいと考えています。そのために、ECのコールセンターなど、サービス面も充実させていきます。
また、スーパーや量販店はエントリー層にとって非常にいい入り口なので、将来的にはクロスチャネルで展開したいですね。当社のワインを扱うリテールや飲食店へ、集客面でも貢献できればと思います。
加藤氏:好みのワインを探せる接点が増えるとことは、顧客の立場としても喜ばしいですね。今はオンラインの体験に「Marketing Cloud」の機能の一部を使っていただいていますが、我々はカスタマージャーニーをマルチチャネルでも展開できます。
チャネルをまたにかけたワインとの出会いを考えた時、例えばスーパーでの購入から、アプリを介してオンラインにつなげるといった促進も可能です。御社のカスタマージャーニーの次のステップでも、様々なかたちでお力になれればと思います。本日はありがとうございました。
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