デジタルとアナログ施策を組み合わせたマーケティング戦略が増加中
ひところマーケティング戦略といえば、「テクノロジーを活用しないと乗り遅れる!」「市場に対応できない」と、デジタルに重きを置く風潮があった。そんなデジタル一辺倒のマーケティングが、ここ数年で変わってきたという。
どのように変化しているのか。シャノン 代表取締役社長の中村健一郎氏によると「デジタルだけでなく、デジタルとアナログの組み合わせが注目されるようになっています」と説明する。2017年に発表された日経BPコンサルティングの調査によると、デジタルとアナログを組み合わせた施策を進めている企業は3割を超えており、しかもそうした企業は前年比113%と増加傾向にあるそうだ。
しかも、デジタルとアナログを組み合わせている企業の6割以上が実際に効果を上げているという。マーケティングの大家であるフィリップ・コトラーも、最新著書『コトラーのマーケティング4.0』の中で、次のように述べている。
オンラインの世界とオフラインの世界は、ゆくゆくは共存し、融合するだろう。
オンラインの「ニュー・ウェーブ」マーケティングが、最終的にオフラインの「レガシー」マーケティングにとって代わるとも思っていない。実際には、最高の顧客体験を提供するためには、両者の共存が必要であるとわれわれは考えている。
なぜ、デジタルとアナログの融合が効果的なのか。中村氏は「考えてみれば当たり前の話ですが、顧客がデジタルとアナログをまたいで行動しているからです」と説明する。
実際に中村氏も、ホワイトペーパーやeBookを通じて自社の特徴や強みを市場に伝えようと思っても、「リアルな対面にはかなわない」と感じることがあるそうだ。「たとえば今回のように、講演を40分間聞いてもらうことはできますが、40分間ずっとWebサイトを閲覧したり、ホワイトペーパーを読み続けてくれる方はいらっしゃいません。リアルな対面は、それだけ深く強く訴求できるのです」(中村氏)
デジタルだけで解決できない問題とは
かつて、情報収集や商談のきっかけは、展示会やセミナー、ハガキなどアナログの手段しかなかったが、現在はこれにWebやメールなどのデジタルが加わった。そのためアナログだけではリーチできないし、デジタルだけに頼っても解決できない課題がある。
中村氏は、デジタルだけで解決しにくい課題として、「シナリオメール“だけ”では伝わらない」「購買体験の差別化ができない」という2点を挙げる。
「デジタルだけですべての顧客にリーチし、商談にまでいくことができれば、アナログに比べ、圧倒的にコスト効率はいいはずです。ですが数値だけで顧客を追いかけることになるため、顕在顧客から順に拾っていくしかなく、ボリュームを積み上げるとやはり『足りない』ということが起こります。
そうした時、メールやWebやeBookなどのデジタル手段だけで自社のことを伝えようとしても限界があります。実際、コーネル大学の実験では、『同じことをメールと対話で伝えた場合、対話の方が34倍効果的』ということがわかりました。これはみなさん、普段の生活でも実感なさっていると思います」(中村氏)
「購買体験の差別化ができない」という点はどうか。数年前までならば、デジタルへの対応/非対応が差別化につながっていたのは事実だ。たとえばモバイル検索で情報を探した時、「出てこない」「サイトが見られない」ということがあれば、それで選択肢から落ちるということがあった。
ただ、それも昔の話で、今はむしろデジタル対応していない企業の方が珍しい。ということはデジタル対応は差別化要素ではなく、「やっていて当たり前」の施策であり、差別化となるのはむしろ「伝えたいことを伝わるように、きちんとコミュニケーションできるか」がポイントになる。
また、前述した調査結果からもわかるように、デジタルとアナログを組み合わせた施策を行っている企業は、増えているものの割合はまだ少ない。「ということは、デジタルとアナログ両方を融合していくことが、差別化になるのです」と中村氏はいう。
アナログ施策が購買に与える影響度
では、アナログ施策は購買にどれくらい影響を与えるのだろうか。
EventTrack社の調査によると、74%の人が「イベント体験は購買に対して好影響を与える」と回答したという。また中村氏自身、シャノンのブランドイメージを市場に訴求する際にアンケートを採ったところ、「Webサイトだけでなく、カンファレンスを通じてメッセージを伝えた方が、より理解が深まった」という結果が出た経験を持つ。
かつてシャノンではイベント管理システムを提供していたため、マーケティングオートメーションのソリューションで実績を重ねた現在でも、中には「シャノン=イベント管理の企業」というイメージを持つ人が多かったという。そこで、自社カンファレンスを開始し、現在の強みやマーケティングオートメーションに関する知見を来場者にていねいに説明したところ、人々が抱くブランドイメージが大きく変化したそうだ。
さっと目視でコンテンツを読むより、イベントやカンファレンスで実際に聞いた話は記憶に残りやすい。これまで広告などで何となく目にしていた会社であっても、実際にその会社の人から話を聞いてから広告を見ると、「この会社だったな」と、より印象に残る。そのためにも「イベントやカンファレンスなどアナログの顧客接点を通じ、理解してもらうという取り組みはとても重要だと考えています」(中村氏)という。
そこで問題となるのが、デジタルとアナログをどのように組み合わせるかということだ。
デジタル+アナログ施策の効果を上げるための3条件
中村氏は、デジタルとアナログを組み合わせることに関し、「特別な成功法則はありません」と断言する。成果を上げるためにやるべきことは3つ、「ゴール・KPIの設定」「セグメントとマーケティング」「ターゲットごとのシナリオ設定」だ。実はこの3点は、デジタルとアナログの組み合わせでなくても、マーケティングを進める上で欠かせないことだという。
実際、企業側もこの3つの重要性については理解している。以前は「マーケティング施策のゴールやKPIは設定しにくい/していない」という状況もあったが、今はしっかりと目的を明確化しているケースがほとんどだ。シャノンでは、クライアント企業を対象に毎年アンケートを採っているが、その結果を見ると、「KPIを設定する」という企業は増え続けているという。
もちろん、設定するKPIは企業によって多種多様だ。商談件数まで踏み込んでいる企業もあれば、営業に渡すリード件数をKPIに設定している企業もある。ただマーケティングプロセスを考えると、できるだけ最終的なビジネスゴールに近いところにKPIを設定している方が、よりコントロールが効くという。ニーズの掘り起こしから案件までつなげていく中、目標をリード件数といった手近なところに設定してしまうと、最終的な売上増につながらないケースもあるからだ。
そして成果を上げるために必要なことがもう1つある。それは、毎日KPIを確認することだ。通常マーケティング業務では、数値を月次で管理していることが多い。だがこれだと、「下旬に差し掛かって『目標に到達できない』という場合、リカバリーがきかない」(中村氏)という問題が生じる。こうした事態を避けるため、「日々KPIを管理し、早めの対策を行うことが必要です」と中村氏は説明する。
一筋縄ではいかないセグメントの切り分け
次に、成果を上げるためのセグメントとターゲティングをどう設定すればいいのか。セグメントとターゲティングは、口でいうほど簡単には設定できない難しいポイントだ。
なぜ難しいのか。中村氏は、その理由を次のように説明する。「通常、顧客の購買行動はアナログとデジタルを行き来するものなので、絵に描いたカスタマージャーニーのようにきれいな話になりにくいからです。
BtoBでは、購買フェーズをベースに『この顧客は、まだ興味・関心の段階なのか。それとも一歩進んで、具体的な製品の検討をしているのか』などを考えてセグメントし、メッセージを伝えていきますが、役職や、これまでの情報収集の進み具合によってメッセージを変えなくてはなりません。つまり、『どんな状態にいる、どんな人なのか』を考えてコミュニケーションしなくてはならないのです」
こういう状況下で、デジタルとアナログをどのように取り入れていくべきか。中村氏は「2つを融合したシナリオを考える上で、時間が重要なポイントになります」という。簡単にいえば、それぞれのコスト効果や特性を考え、アナログは「時間をかけた態度変容」が得意で、デジタルは「何度も接触する」ことに適しているという棲み分けだ。
シナリオ設計のポイント
アナログの場合、コストや工数はかかるものの、時間をかけてじっくり話を聞いてもらったり、理解を深めてもらったりする効果が高い。だからこそ、購買フェーズを一段進める強力な効果がある。
一方デジタルは、1アクション当たりのコストが安く、同じ人に何度も接触できるという強みがある。そのため、デジタルだけで態度変容や購買行動を起こさせることができれば、前述したように、コスト効率は圧倒的に良い。
ただ、どんなにメールやWebや広告でメッセージを伝えても、まったく行動に変化がない人は一定数存在する。中村氏は、「むしろ、そういう人の割合の方が多いはずです」という。こういう場合は、やはりイベントやカンファレンスといったアナログ手段が有効だ。
デジタル+アナログのシナリオはこう設計しよう
以上を踏まえた上で、中村氏は、「展示会を起点とし、デジタルとアナログを融合したシナリオ」を例に、その設計ポイントを紹介した。
ニーズが顕在化しているホットな顧客に対しては、定石どおりサンクスメールを送信した後、電話で商談に向けたアポ取りをする。この層に対しては、デジタルとアナログの組み合わせ法より、「抜け漏れなく、アクションを取っていくことがポイント」だと中村氏は指摘する。
将来の購買意思があるウォームな顧客に対しては、すぐに電話商談につなげず、シナリオメールを通じて、興味を持ち続けてもらう施策が効果的だ。ただしこれだけではなかなか態度変容につながらない。たとえばメールを2通続けて送って反応がなければ、DMなどでセミナーに誘導し、アナログ施策で訴求する。まだ関心を持っているだけの段階ならば、デジタル広告やDMを送信し、資料請求やセミナー参加の意思があるかを確認し、次の施策につなげていくことが有効だ。
休眠顧客に対しては、担当者名でメールを送ることで、リアクションにつながることがある。何か反応があれば、電話をかけてセミナーへの誘導やホワイトペーパーのダウンロードにつなげるという手もある。また、まったくノーリアクションだった人が、突然Webサイトにアクセスするようであれば、状況が変わり、購買意思が急に高くなったと考えられる。この場合はメールやWebではなく、電話で直接状況を聞くことで、適切な提案につなげられる。
とはいえ、「口でいうのは簡単でも、これを実施しようとすると、かなり難しいのは事実です」と中村氏も認めている。
なぜ難しいかといえば、顧客の行動も複雑ならば、セグメント化するための条件設定も複雑だからだ。たとえば「1年以上の休眠顧客で、1週間前に送信したメールに反応があり、ランディングページを最後まで閲覧して、電話対応でNoといっていない人」というだけでも複雑だ。もし、電話営業担当者のためのCRMシステムと、メール配信システムを別々のプラットフォームで行っていれば、条件が重なるほど検索が困難になる。
シャノンでは、複雑かつ詳細な条件でのセグメンテーションが可能で、KPIを日々確認できるマーケティングオートメーションツールを提供している。中村氏は「アナログとデジタルを融合した施策においては、その2つを融合したセグメントを行い、施策の成果を日々チェックすることが、効果を最大化するポイントです」と説明し、講演をしめくくった。