広告・マーケティング業界で活躍する人物の職業人生、キャリアを伝える本連載。今回は、フェイスブックジャパンの丸山祐子氏を紹介する。海外留学後、求人広告の営業、デジタル広告セールスとハードな業界を歩んできた丸山氏。Facebookへの転職後、仕事に対する考え方が一変したという。今もなお進化し続ける世界最大級のソーシャルメディア企業で働く、彼女の価値観に迫る。
※本記事は、2018年11月25日刊行の定期誌『MarkeZine』35号に掲載したものです。
好奇心に導かれ、キャリアを選択

フェイスブックジャパン クライアントソリューションズマネージャーリード 丸山祐子(Yuko Maruyama)氏
高校卒業後、2003年にアメリカへ留学。カリフォルニア州立大学フラトン校を経て、インターコンチネンタル大学へ入学。同大学卒業後、人材会社にて求人広告営業、広告会社ではTwitterやFacebook広告のローカライズを担当する。2013年5月にフェイスブックジャパン入社。広告主向けのデジタルマーケティング支援の他、Instagramの活用を啓蒙するプロジェクトメンバーとしても活動している。
――これまでの経歴について教えてください。海外の大学で、ファッションマーケティングを専攻されていたとか。
トレンドを仕掛けるファッション業界のマーケティングに興味を持ち、アメリカの大学で学びました。その後2008年に帰国し、人材紹介会社で求人広告の営業担当になりました。ファッション業界に進まなかったのは、まずは幅広い職種と出会う人材業界で働き、世の中にどんな仕事があって、どんな人が働いているのか知りたかったためです。そこから自分が仕事として本当にやりたいことに出会えればいいと思っていました。しかし、入社して1年後にリーマンショックが起き、国内の企業が次々と採用活動を控える光景を目の当たりにしました。一方、そのような状況でも、市況にかかわらず伸び続ける産業ということで、デジタルの業界に興味を持ち、メディアレップへ転職しました。
――専攻やキャリアにとらわれない、思い切った選択をされていますね。
当時もデジタルの知識がまったくない中、メディアや広告のイロハを学びながら、メール広告やブログ媒体、ソーシャルメディアの営業まで幅広く担当しました。また、TwitterやFacebookなどの海外プラットフォームが日本で広告販売をスタートする時期とも重なり、どのように日本でローンチしていくかという広告設計にも関わりました。Facebookとの出会いは、このときです。時代の流れに即したプロダクトを提供していましたし、何よりも一緒に仕事をした方たちみんなが聡明で、人柄も良いメンバーばかりでした。Facebookへ転職を決めたのは、もっとこの人達と仕事をしたいと考えたからです。まさか自分が外資系企業で働くとは思ってもいなかったのですが、ちょうど日本オフィス立ち上げの時期でもあり、海外の各拠点から担当者が来日し、一緒にビジネスモデルや働く環境を作っていきました。
会員登録無料すると、続きをお読みいただけます
新規会員登録無料のご案内
- ・全ての過去記事が閲覧できます
※プレミアム記事(有料)は除く - ・会員限定メルマガを受信できます
- ・翔泳社の本が買える!500円分のポイントをプレゼント
-
- Page 1
-
- Page 2
この記事は参考になりましたか?
- この記事の著者
-
マチコマキ(マチコマキ)
広告営業&WEBディレクター出身のビジネスライター。専門は、BtoBプロダクトの導入事例や、広告、デジタルマーケティング。オウンドメディア編集長業務、コンテンツマーケティング支援やUXライティングなど、文章にまつわる仕事に幅広く関わる。ポートフォリオはこちらをご参考ください。
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
この記事は参考になりましたか?
この記事をシェア
