メンバーを“思考停止”にさせない
MZ:社内、社外とも、トップは一人ということですね。社内側のトップ、そしてチーム全体のトップとして、足立さんが心がけていることはありますか?
足立:1つ言えるのは、僕は意見には妥協しませんが、怒ることはありません。みんな、僕がイライラしているのは見たことがあると思うけど、誰かを叱責するとか怒りをぶつけるようなことは、これまでなかったんじゃないかな。
権限がある人が怒ると、下の人はそこで思考停止になってしまうんです。「怒られないことをしよう」とか「指示を待とう」というようになり、思考の幅や自由度が大きく下がってしまうんです。あとは、キャラかな(笑)。
MZ:確かに足立さんは非常にお話ししやすいです(笑)。最近では、デジタルの中でも様々な部門があり、マス広告の部門とデジタル広告の部門の間に壁があるようにも見受けられます。
足立:そうですね、僕もよく聞きます。ただ、マス広告の戦略や展開を知らずにデジタルで成果を上げられるのかは疑問です。だから全体感がないし、追える指標が他にないから個別のKPIを追ってしまうのかと。悪循環ですね。
MZ:相乗効果が生まれづらくなるのは明らかなのに、なぜ協力しないのでしょうか?
足立:それは簡単で、一緒になりたくないからです。人間の多くは、新しいことを面倒に感じる部分があります。そのため、数値で測れるデジタル施策に慣れた人は効果が見えにくいマス広告が気持ち悪いし、逆にマス広告の人は“効率の改善”なんて考えたこともない人もたくさんいます。
しかし、生活者目線で考えれば、どっちかだけというのはあり得ない。自分がチャレンジするなり、マネジメントならスタッフを入れ替えるなり、やってみればいいんです。
「どうしたら人の感情が動くか」を学ぼう
MZ:やってみると、意外とできるものなんですかね?
足立:それは断言できませんけど、「逃げ切れない」とは断言できますね。特にエージェンシーの中年クリエイティブに多いですが、自分はマスを担当しているだけで逃げ切れると思っているんですよ。
でも、そうじゃない。人生100年時代ですから、僕も50歳の新入社員としてナイアンティックに来たわけです。今、20~30代の皆からどんどん学んでいます。

MZ:デジタルマーケティングの浸透が進んだことで、デジタル関連の業務経験しかない人も多くなっていると思いますが、そういった人がマス広告などを学ぶとチャンスがあるんでしょうか?
足立:伸びしろはあると思いますね。デジタルしか知らないのであれば、担当を変われば良いと思います。個人的には、デジタルから入るのは非常にメリットが大きいはずです。数字が動くということは、感情が動いたということ。つまり、数字に敏感なのはいいことと言えます。
社内にマスの組織がない、異動できないのであれば、担当できそうな企業に行けば良い。あと、デジタル出身の人は、すべてをロジックで組み立てるのではなく、人の感情を動かすことを学ぶといいですよね。
マスしかなかった時代はさておき、今の時代にマス広告から入って、中途半端に山勘や経験で「人を動かせる」と思ってしまった状態で、デジタルのことを勉強するのはとてもハードルが高いと思います。マス広告は、いくらテレビCMの効果測定が進んでも、やはり永遠にわからない部分が残るので。
これは若手とベテラン(笑)両方に言っていますが、自分が見ている世界がすべてだと思うと世界はどんどん狭くなっていきます。若い人はスマホのニュースアプリなどで情報収集するだけでなく、新聞も読んだほうがいい。逆にベテランは、日経を読む前に「スマートニュース」などのニュースアプリやTwitterのトレンドを見たほうがいいです。両方を把握すると、自分が普段接している世界はほんの一部なんだと気づくと思います。
打席に立ち続けよう
MZ:では最後に、マーケターとしてキャリア形成する上でのアドバイスをいただけますか?
足立:マーケターの皆さんには、経営に関わる仕事を目指してほしいと思います。デジタル上のKPIではなく、売上と利益を追える人材にマーケティングを通じてなるべきだし、私も常にそこを見据えて動いてきました。
そのためにすべきこととしては、3年以内を目安に、その分野では誰にも負けない結果を出すこと。そして、それを元手に仕事を変えること。異動でも転職でもいいですが、やはり同じことをずっとしていると、経験の数は増えても視野は広がりません。
野球でいうと、バッターなら打席にたくさん立つことは前提として、様々なピッチャーと対戦することでヒットが打てるようになりますよね。それを理由に出番が増えます。一方、打席に立つ数が少ないとヒットも打てず評価もされない。その状態で次へ進もうと思っても、望むようなステップアップは難しいと思います。
なので、まずはどんどん打席に立ち、いろんなピッチャーと対戦しましょう。僕も新人として(笑)、皆さんに負けないよう、ナイアンティックでの成果もぜひ近いうちにお話しできるように頑張ります。
足立光(あだち・ひかる)
1968年、米国テキサス州生まれ。一橋大学商学部卒業。P&Gジャパンマーケティング部に入社し、日本人初の韓国赴任を経験。ブーズ・アレン・ハミルトン、およびローランドベルガーを経て、ドイツのヘンケルグループに属するシュワルツコフヘンケルに転身。2005年には同社社長に就任。赤字続きだった業績を急速に回復した実績が評価され、2007年よりヘンケルジャパン取締役シュワルツコフプロフェッショナル事業本部長を兼務し、2011年からはヘンケルのコスメティック事業の北東・東南アジア全体を統括。ワールド執行役員国際本部長を経て、2015年より日本マクドナルド上席執行役員マーケティング本部長。2018年9月28日よりナイアンティック アジアパシフィック プロダクト・マーケティング シニアディレクターを務めるほか、ローランド・ベルガーのエグゼクティブ アドバイザー、スマートニュースのマーケティング戦略に関するアドバイザーも兼任している。オンラインサロン「無双塾」も主催。
著書に『マクドナルド、P&G、ヘンケルで学んだ 圧倒的な成果を生み出す「劇薬」の仕事術』(ダイヤモンド社)、『「300億円赤字」だったマックを六本木バーの店長がV字回復させた秘密』(WAVE出版)。