「企業が価値を提供する」というのは思い違い
廣澤:マーケティングと社会の関わりについて、もう少し深くお伺いしていきます。個人的には、マーケターの中には「社会を読み解いたコミュニケーションが必要」と考えてる人も多いと思うんです。しかし、フレームワークを重視しすぎて、3Cや4Pなど型にはまった顧客理解しかできていない印象があります。

高広:経営学やマーケティングの考え方の多くが企業や流通、もしくは顧客のどちらかに偏ったフォーカスを当てていると思うんですよ。企業や顧客などビジネス上のステークホルダーや「市場」を考慮することはあっても、「社会」という概念で捉えているものはそもそも少なかったんじゃないかと。1960年代ぐらいから続く消費者行動研究も、どちらかと言えば消費者の消費行動におけるプロセスの研究がメインで発展してきていて、社会と消費者の関係から研究されだしたのは意外と最近です。
ここしばらくのマーケティングの研究論文を読んでいると、社会学の理論や言葉が入っているものもたくさんあって、パラダイムが変わってきているような気がします。また、「サービス・ドミナント・ロジック」のように哲学的な視点から、マーケティングに新たな視点を導入した理論もあり、非常におもしろくなってます。
「サービス・ドミナント・ロジック」は、エトムント・フッサールという人物が提唱した「現象学」という哲学の要素が元になっています。現象学の中では「間主観性」とか「相互主観性」と訳される概念が出てくるのですが、すごく簡単に言うと、たとえば目の前にリンゴがあって、そばにいる人とそのリンゴの存在を確認し合うことができるのは、自分と相手が互いに同一の世界にいるからリンゴを認識できるということ。もし、こちらが「ここにリンゴがあるよね」と問いかけて、相手が「え? リンゴってどこ?」となった場合、互いの認識が共有できていないということになる。
ここから「リンゴ」が実在しているかどうかは、片方の主観だけではなく、相互の主観によるものだということが現象学の中で説明されています。人間の認識も、基本的にはインタラクション(相互作用)に基づくということですね。
廣澤:企業が最近よく使う「バリュープロポジション」という言葉、「価値提供」と解釈している人も多いですが、本来は「提案」を意味しています。
以前は、企業が一方的に価値を押しつけることができましたが、次第に顧客から「そうだろうか?」と疑問を投げかけることが可能になってきた。今は、企業と顧客が相互にインタラクションがあった上で、お互いに「これが価値ですよね」と言えるものが本当の価値になっていると思います。
高広:まさにサービス・ドミナント・ロジック的には、「企業ができるのは価値の“提案”だけ」であって、「価値を“提供”することはできない」です。たとえば企業側が「これが価値ですよ」と言ったとしてもそこでお客さん側との相互の認識が成り立たないのであれば、それは価値にはならない。廣澤さんのバリュープロポジションの話も、現象学的な発想から生まれている部分です。
ですから、企業だけでなく顧客側も重要なプレーヤーとして存在することを前提にすると、顧客だけでなくその先につながっているコミュニティの人、企業の社員の家族や友人など、関わる人は増えてきます。実はターゲットの周辺にはたくさんの人々がいて、企業が行う提案も社会の単位で考えなければ当然受け入れられにくくなるわけです。
