今後必要なのは、大局的に歴史を見ること
廣澤:マーケターにとっても、番組制作に関わる人にとっても、社会のコンテクストを読むことは非常に重要だと思います。丸山さんは、コンテクストを読み解くということについて、どのように向き合っていますか。
丸山:どんな仕事をしていても、時代の無意識を読むことが、すべての仕事の基本ではないかと考えています。それに役立つと考えているのは、大局的に歴史を見ること。「歴史とは現在と過去との対話である」という、20世紀イギリスの外交官でもあった歴史家E.H.カーの有名な言葉があるように、過去の出来事を今の視点から捉え直すと、本当にいろいろなことが見えてきます。「歴史の遠近法」が変わるんです。

数百年の歴史を振り返る中で感じるダイナミズムを、知識としてではなく実感する感覚が、すごく大事だと思います。感じることで見えてくる、時代の無意識があるんですね。
廣澤:時代の無意識って、いい言葉ですね。マーケターがよく「顧客の潜在的なニーズ」「顧客インサイト」といった言葉を用いて「顧客」を考えますが、丸山さんはそれに加えて「時代」にも着眼されている。時代という単位で比較した時に、今と昔の生活者の感覚に共通している部分、変わらない感覚というものもありそうですね。
丸山:おっしゃるとおりです。科学技術が進歩し、ITやAIが社会を変えましたが、人間の心や本質的な感情は、原始時代からさして変わっていない……、そんな見方もできますよね。時代によって空気や出来事は変わりますが、多くの人たちが心の底に抱えている感情は変わらないのだとしたら……。
このように複眼的に見ていけば、新しいことに気が付けます。これからの時代は、大きく時の流れを捉え、楽しみながらこれからを想像するセンスと、同時に、人間の普遍的な性質について考察する感覚、両方が必要なのではないでしょうか。
日常の違和感をヒントにする
廣澤:戦後の企業やマーケターは、消費者の問題に対して商品を開発・提供することで解決し、市場を創造・拡大して成長を遂げてきました。一方、物が飽和した現代に生きるマーケターは、物で解決できる問題が少なくなってきたことに焦りや戸惑いを感じつつある気がしています。番組制作においても、問題を解決するといった視点で企画されるようなことはあるのでしょうか。
丸山:もちろん、個別具体的な課題ならできることもあるでしょうけれども、大きな文明論的な問題にまで、無理やり一方的な解決策を提示しようという気はありません。あくまで、この時代に生きる人たちが等身大で感じる素朴な違和感が問題の入口ですが、そこから自然と根本的な問題にまでつながっていく……、その連続性が大事なんですね。
そして、そのアイデアを客観的に捉え直すんです。巷には様々なものの見方、考え方が溢れています。何が正解かと答えを出すことを急ぐより、異と異の出会いの衝撃、そのプロセスを丁寧に追っていくだけでも、それが番組となるのです。
たとえば、初めてプロデューサーとして担当した『英語でしゃべらナイト』。あの番組では、文法的に間違っていても、話者の人間的な魅力で伝わる会話のドキュメントを様々な場で目撃しました。OKはOK、NGもまたOKという、不思議な番組だったと思いますが、会話は何が正解かわからない。そこに、異文化コミュニケーションの本質が見えてくる醍醐味があったように思います。
ちなみにこの経験は、後の『爆笑問題のニッポンの教養』『仕事ハッケン伝』といった様々な企画に活かされました。異なるモノ同士がどこまでわかり合えるのかをドキュメントするだけで、ひとつの番組になっていくのだと気づかされることにもつながっています。
廣澤:日々の生活の中での違和感を捉え、その違和感から生まれたアイデアをひとつ上のレイヤーで思考し直す。その思考はマーケティングにも活かせそうですね。