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森美術館のSNS運用、インスタ映えを狙わない戦略とは? 話題となった展覧会を成功に導いた舞台裏

2019/06/19 07:00

 国内の美術館では指折りのSNSフォロワー数を誇る森美術館。2018年に話題となったレアンドロ・エルリッヒ展も、その裏には巧みなSNSマーケティングがありました。中の人である洞田貫晋一朗さんが書き下ろした『シェアする美術』より、その舞台裏を紹介します。

本記事は『シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略』の「イントロダクション 「レアンドロ・エルリッヒ展」成功の舞台裏」からの抜粋です。掲載にあたり、一部を編集しています。

美術館の集客も「紙」から「デジタル」へ

 2018年の「入場者数ランキング」1位に輝いた、森美術館の「レアンドロ・エルリッヒ展」。その集客に大きく貢献したのがツイッター、インスタグラム、フェイスブックをはじめとしたSNSにあります。

 一般的に展覧会の告知方法は、テレビ・ラジオを除けば、紙媒体による告知が主流です。たとえばチラシの配布、ポスターの掲示、招待券を配る。広告予算があれば、新聞・雑誌広告や、交通広告(駅や電車内に掲出する広告)を出す展覧会もあります。

 駅のポスターや電車の中吊りで、展覧会の告知を見たことがある人も多いでしょう。駅広告の場合、掲示期間、掲示する駅の乗降客数、乗り入れている路線、沿線のミュージアムの種類などを考慮し、戦略的に展開します。費用が高額になるため、費用対効果を考えて慎重に広告を打つことが求められます。

 森美術館の場合、こうした交通広告を出すことはほとんどありません。確かに広告を見た人が興味を持ち、スマートフォンで検索をする、ハッシュタグで調べる、といった効果は期待できそうです。しかし交通広告の情報は、街で偶然出会った「ネット検索の素材のひとつ」になってしまったのではないでしょうか。

 みなさんも通勤・通学の際、駅や車内で多くの広告を目にしていると思いますが、その広告に興味がない、広告主から見てもターゲットではない場合は、「検索する」というアクションすら結びつきにくいのです。スマートフォンの画面を見ていて、広告に気がつかないこともあるかもしれません。

 せっかく広告を出しても、広告の印象が残らず、覚えてすらもらえない可能性を考えると、積極的にはやりにくいのが正直なところです。

 こうした広告の流れが変化し始めたのは、スマートフォンの普及がきっかけだと思っています。

 特に私が森美術館のSNSの担当になった2015年頃、それまで小型だったスマートフォンの画面が大型化し、カメラ機能も飛躍的に向上しました。鮮明な画面を楽しむような使い方に変化し、通信も4Gになり高速化したことで、写真や動画をいつでもどこでも発信する流れが加速したのです。

 具体的なデータをご紹介しましょう。次の図は、「レアンドロ・エルリッヒ展」に来館した方の「来館のきっかけ」をまとめたものです。

「レアンドロ・エルリッヒ展」来館者の動機

 ご覧いただくとわかるように、およそ60パーセントの来館者がスマートフォン・パソコン、つまりインターネットからの情報をきっかけに来館しています。チラシ・ポスターなど、紙をきっかけにして来館した来館者は、わずか20パーセント弱にとどまっています。

 さらに「インターネット」と答えた方の内訳を見ると、なんとウェブサイトを抑えてSNSをきっかけに来館した方が一番多いことがわかりました。

 いかにSNSが、展覧会に出向く動機になっているか。美術館側からしてみれば、展覧会の動員において欠かせないツールになっていることが、このデータからよくわかると思います。

 ただ、そこには森美術館に興味を持っている年齢層も深く関係しています。

 次の図は、「レアンドロ・エルリッヒ展」に来館した方の年齢層です。20代が最も多く39.4パーセント、次いで10代の17.2パーセント、30代の14.7パーセントという結果となっています。

森美術館来館者属性(年代)

 森美術館は、全体のおよそ70パーセントが10~30代の若い来館者なのです。40代も加えると、80パーセントを超えます。この世代は1日当たりのスマートフォンの利用時間が長く、ソーシャルメディアを活発に利用している層です。一方、50代以上の来館者は、10パーセントにとどまっています。

 SNSを活発に運用しているから若い層に響くのか。それとも、若い層が興味を持つ美術館だからSNSが効くのか。ここはさらに分析が必要ですが、いずれにしても森美術館ではこの「来てくれる層」にターゲットを定めて、プロモーションを行っています。これは森美術館の特徴のひとつです。

 他の美術館では、反対の現象も見られます。先ほどの「入場者数ランキング」で4位の「ゴッホ展」を開催した東京都美術館や、国宝の展示などで知られる東京国立博物館の場合、来館者の中心は50~60代以上と、比較的高い年齢層の方が多いといわれています。

 いわゆる「アクティブシニア」と呼ばれる方たちが、平日に美術館を訪れ、友人と美術鑑賞を楽しんでいます。森美術館の担当からすると、大変うらやましい現象です。この層にぜひ、森美術館に来ていただきたいと思っていますが、現実はなかなか難しい。

 森美術館にこの層がなかなか足を運ばない要因は、「現代アート」というコンテンツの難しさもありますが、シニア世代のスマートフォンの普及率や、SNSの利用率も関係しているのではないかと思います。

 それでも最近では、シニア層にもスマートフォンが普及しつつあり、当たり前のようにSNSを使いこなす「アクティブシニア」が徐々に増えてきています。この流れが続けば、今後は森美術館にもチャンスがやってくるかもしれません。

 しかし現状では、シニア層の心に刺さる手を打てていません。これからは展覧会の告知だけでなく、世代を超えた現代アートファン、森美術館ファンを作っていくこと。つまり「集客」ではなく、コツコツとファンを作っていくことも、SNS運用の役割のひとつだと考えています。

「インスタ映え」を狙っているわけではない

 こうした話をすると、「森美術館は、いつも若い人を狙って『インスタ映え』する展覧会を企画していますよね」と言われることがあるのですが、決してそうではありません。

 展覧会の企画を立てるのは、私ではありません。キュレーターが調査と研究を重ね、展覧会によっては3年以上もかけて企画を練っていきます。展示内容はまさに、その調査と研究の結晶なのです。「国際性・時代性」を踏まえ、東京のみならずアジアの現代アートの重要な拠点である森美術館ならではの方針があります。

 もちろん展覧会の企画が進む過程で、いわゆる「インスタ映えする作品」もラインナップに上がります。しかしこれは、私が考えているようなマーケティング的思考での「映え」ではなく、キュレーションの文脈において必然性がある「重要な作品」、つまり「映える作品」として展示されています。

 つまり、企画の芯の部分においては、「インスタ映え」のようなマーケティング的要素は盛り込まれていないということです。

 これは一般企業、特にメーカーをはじめとした商品開発などとは異なり、クリエイティブとマーケティングが分断されている状況ともいえます。しかし美術館においては、むしろこの分断されているスキームが正しいと思っています。

 美術館で開催される展覧会は、興行やエンターテインメントとは異なります。マーケティング担当らしくない個人的な意見ですが、たくさん人を集めようとか、若者をターゲットにしようとか、「インスタ映え」するものをやろうとか、そうした色気はできるだけないほうがいいと思っています。

 現代アートの美術館は、この時代、この場所で扱うべき作品を、洗練したキュレーションを通して見せることに価値があります。だからこそ、多くの人を感動させ、時には社会を動かすような展覧会ができると思うのです。

 しかし、どれだけ質の高い展覧会を開催しても、誰かに見てもらわなければ何の意味もありません。アーティストやキュレーターなど、多くの関係者が作り上げた世界を、どうすれば見てもらえるか。見てもらいたい人たちに、どうすれば来てもらえるか。それを考えるのが、美術館のマーケティングの仕事であり、腕の見せどころです。

 少々話がズレますが、同じことは一般的なビジネスにもいえそうです。「20代の女性にウケそうなお店」とか、「SNSで話題になりそうな商品」といったように、最初からマーケティングばかり意識していると、誰の心にも刺さらないものになるか、あるいは一過性の流行で終わってしまう。

 本当に自分が作りたいものは何か。いま、この場所で、どんなことを表現したいのか。なぜこれを世に出したいのか。なぜこれを食べてもらいたいのか。こうしたことを追求するのが先にあるべきです。

 真剣なモノ作りや、表現の世界においては、マーケティングはあとから考えるほうが結果的によいものになると感じることがよくあります。もちろん、そもそもの方向性だけは間違ってはいけないので、そのサービスや製品の必要性を十分に検討することは必要です。しかし、もともとのコンテンツを最大限に活かすほうが、マーケティング的にも効果を発揮することができるのです。

「撮影OK」が「入場者数ランキング」に及ぼしたもの

 森美術館の強みは、展覧会での写真撮影をOKにしていることです。現状、すべての展覧会で「撮影OK」にできてはいませんが、常に実現する努力をしています。

 前述の「レアンドロ・エルリッヒ展」が「入場者数ランキング」1位を獲得したのは、作品の力、つまり展覧会そのものの魅力のおかげです。しかし、その魅力を事前に多くの人に知ってもらい、展覧会に行きたいと思ってもらえるきっかけになったのは、SNSによる情報の拡散でした。

 ただ、みなさんにも経験があるかもしれませんが、SNSに投稿した情報は黙っていては拡散してはくれません。何かしらの仕掛けや工夫をしなければ、いつまで経っても火はつかないのです。

 そこで拡散の「エンジン」になるのが、美術館内での撮影をOKにする試みです。来館者にどんどん写真を撮ってもらって、SNSにアップしてもらうのです。

 森美術館が「撮影OK」の試みを始めたのは、2009年に開催した「アイ・ウェイウェイ展」からです。彼の個展以来、森美術館で開催する展覧会では「撮影OK」を実現する努力を続けています。「レアンドロ・エルリッヒ展」では、アーティストの理解もあり、すべての作品を「写真撮影OK」「動画撮影OK」にすることができました。おかげで、「写真1」のようなインパクトあるものがSNS上に大量に拡散され、61万人もの集客につながったのです。

口絵写真1
写真1

 この不思議な写真、どうやって撮ったのかと聞かれることがよくあります。種明かしをすると、実は建物の壁面は床に設置されています。写真に写っている人は、みんな床に横たわっている状態なのです。

 頭上には、大きな鏡が一定の角度で設置されています。その鏡に向かって写真を撮ると、あたかも自分が建物にぶら下がっているかのような写真ができ上がるのです。展覧会のコンセプトは「見ることのリアル」。目で見ていることは果たして現実なのか、レアンドロ・エルリッヒの作品を通して問いかけているわけです。

 従来の美術館のイメージといえば、静まり返った部屋で、額に入っている作品を黙って鑑賞するというのが一般的でした。美術館というだけで、ちょっと敷居が高いイメージがついて回ります。

 しかし現代アートの場合、作品の中に入って一緒になって楽しむことができる。鑑賞者が参加することで、作品が完成するわけです。この「レアンドロ・エルリッヒ展」の会場風景は、現代アートの展覧会だからこそ実現したといってよいと思います。

 この《建物》というタイトルの作品は、来館者がワイワイ言いながら中に入り、どんなポーズをとったら面白い写真になるかと盛り上がっていました。毎日大量にアップされていく作品の写真をインスタグラムで見ていて、まるでプレスプレビューを毎日実施しているように感じました。

 プレスプレビューとは、展覧会の開幕前にマスメディアにお披露目をすることです。ここで取材をしてもらい、記事を書いてもらうことで、各社の媒体から展覧会の情報が発信されていきます。「記者向け内覧会」とも呼ばれ、多くの美術館が行っている恒例行事です。

 そのためメディアに流れる情報は、開幕のタイミングに集中しがちです。しかし、「レアンドロ・エルリッヒ展」は、会期を通じてずっとプレスプレビューを行っているような状態でした。展覧会の情報が、常に来館者から発信され続けている状態だったのです。

 インスタグラムに投稿されている写真は、メディアの記事のような、プロのカメラマンが撮った写真ではありません。プロの記者が書いた、整った文章でもありません。スマートフォンで撮った写真であり、スマートフォンで打ち込んだ文章です。しかし、来館者の「生の声」こそが、SNS時代においては心を動かす価値のある情報なのです。

 もちろん、メディアからの情報は「広く認知を得る」という面で強力なインパクトを持っています。テレビはその最たる媒体で、番組で取り上げてもらえるかどうかで、動員に目に見える変化が起こります。ウェブサイトやネットニュースも同様に、信用される情報源として欠かせないメディアです。

 しかし、この展覧会で経験したのは、情報のその先にある「感動」が人を動かすということでした。人を動かす感動の声が、会期終了まで毎日発信され、拡散されるのを目の当たりにし、私も「展覧会を通じて、すごい現象がここで起こっているんだ」と感動しました。

 みんなが作品の一部になって、心の底から楽しんでいた《建物》という作品は、「レアンドロ・エルリッヒ展」のメインビジュアルであると同時に、来館者の人気を最も集めた作品になりました。

 人気の理由は、視覚的なわかりやすさや、作品の中に入れること、自分がその一部になって作品が完成する面白さなどが挙げられますが、なんといっても「写真を撮りたくなってしまう」「SNSでシェアしたくなってしまう」心理が自然発生したことが大きな理由だと考えています。

 インパクトのある作品、美術館の「撮影OK」、来館者が思わず写真を撮りたくなってしまう心理、そしてSNSというツール。 この掛け算が「入場者数ランキング」1位という結果をもたらしたのです。どれかひとつでも欠けていたら、ここまで話題にはならなかったでしょう。

 ただし、先ほど述べたように、バズ(口コミによる評判)を狙って作品を展示しているわけではありません。 もちろん作品の解釈は鑑賞者の自由ですが、「日常においてわたしたちがいかに無意識のうちに惰性や習慣で行動しているか」、そして「いかに常識や既成概念にとらわれて凝り固まった見方をしているか」ということに気づき、現実を問い直すきっかけとなれば嬉しいことだとレアンドロは語っています。

失敗から学んだ「ハッシュタグ」の正しい使い方

 このメッセージをより多くの人に体感してもらうために、他にもさまざまな施策を行いました。「ハッシュタグ」の活用もそのひとつです。

 まず美術館の入口の目立つところに、「#レアンドロエルリッヒ展」というハッシュタグを掲出し、SNSへの投稿を促すとともに、投稿がこのハッシュタグに集まるよう誘導しました。

ハッシュタグの比較

 なぜなら、インスタグラムやツイッターのユーザーは、「ハッシュタグ検索」を行うからです。「レアンドロ・エルリッヒ展」に興味を持ったユーザーは、グーグルで「レアンドロ・エルリッヒ展」と検索するよりも先に、インスタグラムで「#レアンドロエルリッヒ展」と検索することが多いのです。

 そのときに、先ほどの不思議な写真がずらりと出てきたら、「自分も撮ってみたい!」「実際に足を運んでみたい!」と思うのではないでしょうか。いまやハッシュタグは検索において、なくてはならないものなのです。

 実はこの話にはひとつ失敗談があります。展覧会の開幕当初は「#レアンドロ展」を公式ハッシュタグにしていました。「#レアンドロエルリッヒ展」では、スマートフォンで打つには長すぎると判断し、短縮したハッシュタグにしたのです。

 しかしふたを開けてみると、みんな「#レアンドロエルリッヒ展」と、そのままタイトルを入れてくれるのです。開幕して数日で、こちらのほうが断然多くなってしまい、公式ハッシュタグのほうを「#レアンドロエルリッヒ展」に変更しました。

 現時点で「#レアンドロエルリッヒ展」は3万件以上、対して「#レアンドロ展」は300件にも及びません。なんとその差、100倍以上です。

 これは、「レアンドロ・エルリッヒ展」だけに起きた現象ではありません。「建築の日本展」でも、「#建築の日本展その遺伝子のもたらすもの」というサブタイトル入りのハッシュタグが生まれました。「サンシャワー展」でも同様に、「#サンシャワー東南アジアの現代美術展」という長いハッシュタグが多く投稿されました。

 投稿する側の気持ちになってみると、確かに美術館側の理屈で作られた短縮したハッシュタグより、正式名称のハッシュタグで投稿したいのかもしれません。ハッシュタグの長さなどまったく関係なく、きちんと正確に発信したい気持ちを汲みとらねばいけないのだと、このときに感じました。

 公式ハッシュタグは長さに関係なく、正式名称にすること。ちょっとしたことですが、投稿する側とのコミュニケーションを大きく左右するポイントです。

 ハッシュタグといえば、こんな仕掛けも行いました。「レアンドロ・エルリッヒ展」の会期末に、あるハッシュタグを実験的に作ったのです。

 それは「#レアンドロエルリッヒ展は4月1日まで」。本来、美術館が伝えるべき会期終了日を、お客さんにやってもらおうという作戦です。

 このハッシュタグをつけて投稿してくれた人には、抽選でアーティスト直筆のサイン入りカタログをプレゼントするキャンペーンも行いました。おかげさまで300名以上の方にご応募いただき、「#レアンドロエルリッヒ展は4月1日まで」のハッシュタグはどんどん拡散していきました。

 ただし、こうしたキャンペーンは、やりすぎるとユーザーの反感を招く場合があります。後ほど具体例を挙げて説明しますが、アカウントのバランス感覚が問われますので注意したいところです。

 このキャンペーンがどこまで功を奏したのかはわかりませんが、事実、会期末に近づけば近づくほど来館者は増え続けました。この最後の粘りが、来館者61万人以上という嬉しい結果に結びついたのかもしれません。

前代未聞の試み「プール割り」の効果

 みなさんはそもそも、レアンドロ・エルリッヒというアーティストをご存じでしたか?

 現代アートが好きな方、少しアートに詳しい方なら知っている名前かもしれません。実は私自身、この展覧会に関わるまでは、レアンドロ・エルリッヒという名前を聞いたことがあったものの、どんなアーティストなのかほとんど理解していませんでした。

 どのような作品を作っているアーティストなのか知らなかった、という反省を活かして、一人でも多くの人に、彼の名前と作品を認知してもらうにはどうしたらよいだろうかと考えました。そこで生まれたのが、前代未聞の「プール割り」という企画です。

 レアンドロ・エルリッヒという名前を聞いたことがなくても、「写真2」を見れば、「ああ、これを作った人なのね」とおわかりになる人もいるでしょう。石川県金沢市にある現代美術館、金沢21世紀美術館で常設展示されている、《スイミング・プール》という体験型のインスタレーション作品です。

口絵写真2
写真2

 まるで人が水中にいるかのようですが、種明かしをすると、透明のガラスの上に水が張られており、水面の下には別の入口から入ることができる仕組みになっています。外側からと内側から、両方で楽しめる作品となっています。

 この作品もまた「インスタ映え」することで、すでにインスタグラムを中心に話題を集めていました。

 これから森美術館で開催される展覧会が、あの有名な《スイミング・プール》のアーティストの個展であることを、わかりやすく情報拡散するにはどうしたらよいか。悩んだ末、思いついたのが、前代未聞ともいえる「プール割り」キャンペーンだったのです。

 キャンペーン内容を説明すると、《スイミング・プール》の写真を森美術館のチケット売り場で提示すると、森美術館の入館料が割引になるというシステムです。文字にするとちょっと地味ですが、別の美術館で撮った作品の写真を、森美術館で提示することで割引になるというのがポイントです。

 そして一番のポイントは、金沢21世紀美術館にある、あの《スイミング・プール》のアーティストが「レアンドロ・エルリッヒ」であることを、この割引で再認知させることでした。金沢の《スイミング・プール》のアーティストの個展であることを広めたかったのです。

 このキャンペーンによって、金沢21世紀美術館で《スイミング・プール》を体験した人や、《スイミング・プール》を知っていた人が、「あのプールの人の展覧会なら面白そう」と思って来館してくれる流れを作ることができたと思っています。

 逆に、森美術館の展示をきっかけに、《スイミング・プール》を体験しに金沢を訪れた人も大勢いたことでしょう。

 もちろん、このキャンペーンを実施するにあたっては、金沢21世紀美術館の承諾をとりつけました。幸いなことに企画趣旨をご理解くださり、スムーズに実施することができました。

 またキャンペーンを通じて、SNS上で美術館どうしが相互につぶやくことができたのは、素晴らしい経験になりました。なんと「プール割り」を、金沢21世紀美術館の「中の人」が体験しに来てくださったのです。この「プール割り体験」を金沢21世紀美術館の公式SNSがつぶやき、森美術館もコメントつきで返信する。そしてお互いにリツイートし合う。

 ちょっとお堅いイメージのある美術館のSNSアカウントどうしが、このように共通のアーティストを通じて投稿し合うのはとても珍しいことです。

 森美術館のツイッターアカウントは、当時15万人以上のフォロワーがいたので、双方のやりとりで、何十万人という人が《スイミング・プール》の情報を目にすることになったでしょう。

 このようなアイデアをすぐに実行できるフットワークは、森美術館ならではの強みかもしれません。森美術館は、森ビルという企業が運営する私立美術館なので、会社組織の調整と稟議を経て、ものごとを進めることができます。しかし、その意思決定はスピーディーです。「これはいける」と思った企画はすぐに上申して、次々とプロモーションを打つことができます。「プール割り」も、こうした環境だからこそ誕生したのです。

「eスポーツ」で学んだ見えない相手への意識

 話が少し脱線しますが、私は中学生の頃、当時、流行していた対戦型の格闘ゲームに熱中していた時期がありました。やり込みの度がすぎて、地域で勝ち抜き、気がついたら全国大会に出場していた経験を持っています。いまでいうところのeスポーツです。

 対戦型の格闘ゲームをやったことのある人ならおわかりかと思いますが、一定レベル以上の実力を持つ者どうしが対戦した場合、技を繰り出すテクニックというよりも、独特の呼吸感、わかりやくいえば「タイミング」のほうが重要になってきます。そんな局面で勝つには、モニター越しで相手の心理を数手先まで読むことが必要になります。

 実は画面を通して顔が見えない相手の心理を読むことは、SNSとeスポーツでかなり共通している部分があると感じています。テキストの作り方、ツイッターのトレンドに上がっているハッシュタグを使うタイミング、複数枚の画像の順序など、そのつどユーザーの心理を読み、反応を想像して手を尽くした投稿をする。それがゲームでいうところの「連続技(コンボ)が決まる」ような、強い反応を引き出すことにつながります。

 森美術館のツイッターアカウントは現在、約17万人にフォローいただいていますが、気を抜くと17万人が1つのかたまりのように見えてしまうときがあります。相手を意識できていない状態です。この状態では、あまりうまくいかないような気がします。壇上から大勢に向けてメガホンで話すような気持ちで投稿していると、どんな言葉も伝わらない「冷たいアカウント」になってしまいます。せっかくフォローしてくれたユーザーの気持ちも離れていくでしょう。

 パソコンやスマートフォンの画面の向こう側には、血の通った人がいます。17万人というかたまりが、1つあるのではありません。「一対一の関係」が17万あると考えるべきだということです。「どうすればフォロワーが増えますか?」という相談を受けることも多いのですが、まずみなさんにお伝えするのはこのことです。SNSは一対一の関係であることを意識し、画面の向こうにいるユーザーと仲良くなること。わかりやすくいえば、家族や友だちに話しかけるときと同じ気持ちで投稿を考える。それが、自分のアカウントを愛されるアカウントに変える、基本的なマインドです。

 フォロワーを増やす新しいテクニックが現れては消えていきますが、このマインドはどのSNSにも共通する、普遍的なものだと思っています。なぜなら、相手はすべて人だからです。

 フォロワーを一人ひとりの人間であると認識すれば、相手を尊重することができます。こちらの都合を押しつけない柔軟性、ユーザー側に立っている姿勢が、SNS運用においては重要になります。

 こちらのマインドがSNSを通じて相手に伝わったときに、アカウントの信頼を得ることになり、ブランディングにつながっていくのです。

 ここまで「レアンドロ・エルリッヒ展」を例に、森美術館が行っているSNSへの取り組みのほんの一部を紹介してきました。次章からは、さらに具体的な運用術や、変化のさなかにある美術館の最新潮流についてお伝えしていきたいと思います。

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シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略

著者:洞田貫晋一朗
発売日:2019年6月12日(水)
価格:1,728円(税込)

本書について

本書では、森美術館がこれまで取り組んできた展覧会におけるさまざまなSNSの取り組みを紹介しています。現代アートにおけるプロモーションの最前線を知っていただきながら、アートとSNSの相性のこと、多少の失敗談など、楽しみながら読んでもらえる内容になっています。

 

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