一方的な押し付けとなっているリターゲティング広告の限界
MarkeZine編集部(以下、MZ):株式会社SCホールディングスの運営する個別指導塾スタンダード(以下、スタンダード)では、株式会社ZEALSのLINEチャットボットを活用したチャットコマースサービス「Zeals(以下、ジールス)」を導入し、大きな成果を挙げられたとのことです。まずは導入の背景について教えてください。
吉田:学習塾の場合、能動的なユーザーの反応がいいため、オンライン施策では検索エンジンまわりの施策が中心となります。資料請求や無料体験の申し込みをCVポイントとし、サイト上でそれらに至らず離脱した場合は、リターゲティング広告を配信し、来訪を促しています。しかし、リターゲティング広告では、来訪ユーザーの属性もわからないため、同一コミュニケーションの広告を打つしかないという課題があり、これらの施策には限界を感じていました。
河野矢:私はスタンダードさんのデジタルマーケティング戦略の設計をお手伝いしています。
いくらサイトにユーザーを呼び込んできても、その後の施策がリターゲティング広告しかないと、結局は一方的な押し付け、いわゆる「うざい広告体験」をユーザーに強いることになってしまいます。それをずっと続けていくのがマーケティングの本質なのかは疑問でした。
本来、子どもの学習課題は季節を問わないはずです。しかし、実情として、夏期講習などの季節講習前といったわかりやすい形でしかユーザーに訴求できておらず、ユーザーそれぞれが持つ細かいニーズに合わせたパーソナライズができていませんでした。つまり、リターゲティング広告は真に生活者の課題解決にはなっていないと気が付きました。
そこで注目したのが、LINEを用いたチャットコミュニケーションが主体となるジールスでした。実際に、ITPの影響でリターゲティング広告の配信ができなくなり、検討期に再度コミュニケーションを取ること自体ができなくなりつつあります。このタイミングでLINEを用いたチャットコマースに取り組むべきだとも感じました。
個人的には、LINEなどのSNSは生活者と生活者をつなぐもので、そこに企業が介入するのは嫌だなと感じていましたが、生活者の日常生活に入り込んでいる分ポテンシャルは大きいです。そして何より、一方的な広告ではなく双方向のコミュニケーションが主体となるなら、その強みを活かした新たなパーソナライズを実現できるかもしれないと考え、チャレンジを決めました。
チャットコマースでは「ヒアリングファースト」を重視
MZ:ジールスの特長とは?
遠藤:そもそもチャットコマースって何? と思われる方も多いと思いますが、チャットコマースとはLINEなどのチャットアプリやFacebookメッセンジャーなどのインターフェースを通じて企業やサービスと消費者がAI(bot)と「対話」しながら食料品の注文、衣服の購入、旅行の予約などができるサービスを指します。
私たちがこのチャットコマースを用いて広告業界の課題解決に至った背景には、広告に対する世の中の嫌悪感があります。『スマートデバイス時代の情報・広告意識調査』によると、「バナー広告をわずらわしいと思うことがある」「スマートフォン上の広告は邪魔なものが多い」と感じている人は8割を超えています。その理由のひとつが、一方的な押し付けとなっている広告体験にあると考えています。広告の存在自体が必ずしも悪いというわけではなく、事業成長のためには必要不可欠なものですし、ユーザーに嫌われない広告の形もあるはずです。
そこでジールスは、最初のタッチポイントでユーザーにヒアリングする「ヒアリングファースト」を重視し、これまでになかったヒアリングをもとにした提案という広告体験を提供しています。LINEの場合、「友だち追加」されることで、ターゲットユーザーとつながることができ、ヒアリングしたデータをもとに継続的なプッシュ配信で各ユーザーに合ったパーソナライズした提案ができます。これがユーザーに“買って頂く”ことにフォーカスしたチャットボット活用の新戦略「チャットコマース」です。
MZ:具体的にはどういった形でチャットに誘導するのでしょうか?
遠藤:サイトからの離脱時にポップアップが表示され、LINEへ遷移する形です。チャットコミュニケーション内で、資料請求や無料体験の申し込みまで行えます。
MZ:チャットの会話は、送られたテキスト内容を分析して返信をする仕組みでしょうか?
遠藤:いえ、選択肢を提示してそこから選んでいただく形です。実は、選択肢がない状態で自由に文字を入力して会話することは、ユーザーにとっても難しいんです。何を聞きたいか、ユーザー側で考えて言葉にする必要がありますから。そこで、ターゲットユーザーが悩んでいそうなポイントを選択肢で提示して、タップするだけで会話が進んでいく形を取っています。
成果に責任を持つために業界異例の成果報酬型でサービスを提供
MZ:数あるチャットボットサービスの中から、ジールスを選んだ決め手とは?
利光:私どもは今回の施策において代理店的な位置付けで、ジールスの実装からグロースするまでのプランニングを担当させていただきました。
ジールスの場合、チャットの会話、シナリオ設計をZEALSさん側で完全内製されているのが大きかったですね。他のベンダーさんの場合、そこを代理店に出しているところが少なくありません。また、料金プランが完全成果報酬型であることもトライしやすいと感じました。
河野矢:ZEALSさんのコミュニケーションスピードの早さも素晴らしかったですね。本件のやり取り自体もチャットでやることが多く、速やかに意思決定していくことができました。プロダクトの内容だけではなく、ビジネスパートナーとしても心強い存在です。
遠藤:私どもとしては、単にツールを提供するだけではなく、成果まで責任を持つことがプロフェッショナルだと考えています。成果報酬型にしたのもそのためです。新しいツールは導入して満足されてしまうことも少なくありません。ですが本来は継続して活用し、収益につなげていくことが目的のはずです。そこで、ユーザーにとって本当に価値のあるプロダクトをともに作っていきましょうという気持ちを行動でも示すためにリスクを取って成果報酬型でサービスを提供しております。
専門の「コミュニケーションデザイナー」が会話シナリオ設計
MZ:チャットボットは会話シナリオ設計やその改善にも専門的なノウハウを必要とするでしょう。内製されているとのことですが、会話シナリオはどのように制作されているのでしょうか?
遠藤:ジールスの会話シナリオは、UX視点でコミュニケーションデザインを行う専門の「コミュニケーションデザイナー」が担当します。余談ですが、チャットや音声が注目される昨今、シリコンバレーを中心にこのコミュニケーションデザイナー(UXライター)と呼ばれる職種のニーズが拡大しているんです。どんな役割なのかを具体的に説明すると、コミュニケーションデザイナーがクライアントごとにターゲットユーザーのペルソナを立て、どんなコミュニケーションをチャットボットと取ることで、そのペルソナにCVして頂けるのかを考え、カスタマージャーニーを設計した後に、会話シナリオに落とし込んでいくのです。
利光:ZEALSさんは、独自開発のチャットボット分析ツールもお持ちです。ユーザーとの会話データと離脱率やブロック率、流入時間などを用いて、A/BテストやAI分析を繰り返し、CVにつながる会話の流れを設計されています。
遠藤:コミュニケーションデザイナーという新たな領域の人材への投資とA/BテストやAIといったテクノロジー活用の2点が、成果に結びつく会話シナリオ設計のポイントとなっています。
リタゲ広告+50%のCVを獲得
MZ:今回の施策の成果について教えてください。
利光:施策は、2回のフェーズに分けて行いました。まずフェーズ1は、サイトの離脱時にLINEに遷移するポップアップを表示させ、友だち追加をした後、コミュニケーションを開始する設計です。リターゲティング広告で追い切れない層を、ターゲティングしました。結果として、リターゲティング広告のみだった前年度と比べ、CVが50%増えています。LINEの友だち追加ユーザーのうち15%が、後に資料請求の申し込みをしている状況です。
続いてのフェーズ2は、LINE Ads Platformで友だち獲得を促進できる「LINE Ads Platform CPF」の配信です。フェーズ1は、ターゲットのサイトへ来訪した関心層に向けた施策でしたが、反応の高さから通常のオーディエンス配信でも成果が出るのではないかと仮説を立て、実施しました。
MZ:そちらの結果はいかがでしたか?
利光:ユーザーはスタンダード非認知層が多かったものの、大きな成果がありました。獲得したオーディエンスユーザーによるチャットボット経由のCVRが3%と、検索連動型広告に匹敵するかなり高い結果が出ています。
学習塾は検討期間が長いサービスですから、CVまで通常1、2週間かかります。プッシュ配信からのチャットコミュニケーションでナーチャリングすることで、LPに代替される、新しい受け皿になったと考えています。
吉田:想定以上の成果という嬉しい誤算により、結果的に追加予算を確保することにもなりましたが(笑)。代表からも「そこまでCV取れるんだったらいいぞ」といわれましたね。
河野矢:他にも、ジールス経由の方は本契約につながる率が高まるという特色があります。チャットコミュニケーションを通して塾への理解が深まるため、リターゲティング広告経由のユーザーよりも本契約に至る率が高くなるんですね。
遠藤:それについては他のお客様事例でも確認できています。たとえばオイシックス・ラ・大地様では、本契約転換率が130%改善したという結果も出ています。
各種データ・メディア連携を通じて広告にとどまらないチャットコマース活用
MZ:ジールスの活用で、今後の展望として考えていることは?
遠藤:DMPなどと連携し、よりリッチなユーザー情報を用いることでプッシュ配信の精度をよりあげていきたいですね。ジールスでは、AIにWebやLINEで取得したデータを食わせることで最適な配信アルゴリズムを組んでいます。AIが学習できるデータ量を増やすことで、これまで以上にユーザーに寄り添うコミュニケーションを実現し、まるで人が接客しているかのような体験をテクノロジーの力で作っていきたいです。
利光:ZEALSさんは1億5,000万以上の会話データを分析されているそうですが、今回の施策におけるデータは我々のほうにも蓄積されていっています。チャットボットによる「チャットコマース」は今後より普及していくでしょうが、早期に導入できた強みを生かし、さらなるCVと収益の獲得に貢献していければと思っています。
河野矢:スタンダードさんでは、MAやDMPといったツールも導入されていますし、コミュニケーションサイトの他に保護者向けのアプリもあります。今は点となっているチャネルを面にしていくということを考えています。
広告戦略というより情報戦略として、その役割を再定義するということですね。塾選びは口コミの影響力が強いですから、日常生活に寄り添ったコミュニケーションにより、「塾のことはスタンダードのチャットに聞いてみよう」というような存在にできるとよいなと考えています。
吉田:お客様がデジタルに触れる機会、時間もますます増えていくでしょう。その中で、適切なメッセージを最適な時間と場所で発信していくことが必要です。マーケティング戦略的には獲得型だけではなく、態度変容型の施策も大事にしていきたいと考えています。
保護者にとって、塾選びとはお子さんの人生に関わる一世一代のことです。結果としてスタンダードを選択されなかったとしても、チャットコミュニケーションを通して価値ある教育の情報をお届けしたいと考えています。それが優れた顧客体験の提供であり、中長期的には大きな意味をもってくるでしょう。
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