企業と顧客をつなげるのに必要となるデータソリューション
AIなどのテクノロジー進化により、マーケティングは、より「個」に、「リアルタイム」に、「ピンポイント」につながるようになり、顧客が要求してくるレベルも上がっている。だからこそ今「顧客エンゲージメントの再創造」を考える必要性があると、セールスフォースの熊村氏は語る。
では何を再創造するのか。具体的には、「人」「時間」「場所」をより細分化して顧客体験を考えなくてはならなくなったという。
「現代は、顧客という大きな集団が限りなく細分化して限りなく“個人”に近づき、顧客が許容できる時間軸が短くなったため限りなくリアルタイム化が進み、モバイルによって顧客の購買行動の場が拡大し、かつピンポイント化した状況にあります。こうした点を踏まえながら、今の時代のエンゲージメント(つながり)を考えていかなければならない」と熊村氏は解説する。
顧客と企業がつながる要素は様々あるが、同社の調査によると84%の顧客は「顧客体験がサービスと同じくらい重要」と考えており、また78%の顧客は「部門をまたいだ体験の一貫性」も同様に大切だと感じているそうだ。よって、マーケティング部門と、セールス、コマース、ロイヤリティ、CSなど各部門との連携がより重要になっている。
しかし、一貫した顧客体験の提供に対する大きな障害として「データの分断」が立ちはだかる。セグメンテーションが困難であったり、分散したデータを一人の顧客に紐づけて認識できない、規模の拡張が難しいといった問題である。
この問題に対処するために今求められているのが「データソリューション」で、セールスフォースの答えのひとつは、次世代CDP(カスタマーデータプラットフォーム)「Customer 360」だ。外部ソースを含む、あらゆるソースからデータを集め、データストリームを管理してデータ統合・セグメント作成し、インサイトを取得して幅広い顧客接点に対応させる、という一連の機能を備えたソリューションになっている。現在はパイロット版となっており、本年11月に米国サンフランシスコで開催される年次イベント「Dreamforce」にてさらなる詳細が発表される予定とのことだ。
360度の顧客ビューを実現する「Customer 360」
次に熊村氏は「Customer 360」を利用した、360度の顧客の取り囲みを実現するための企業の実例を紹介していく。
1つ目は、女子プロバスケットボールリーグWNBAのチーム「Indiana Fever」での活用例だ。同チームは外部ベンダーのチケット売上データを、レガシーシステムとSaaSをつなぐインテグレーションプラットフォームであるMuleSoft経由でCustomer 360に取り込み、統合された顧客ビューのもと一貫した顧客体験を届けている。
具体的には、自分たちの見込み顧客に対してパーソナライズされた広告を出していき、その広告に反応した人に対しては、ファン向けに設定したジャーニーによってWebサイト上にオファーを自動的に出している。さらに、動画広告に反応してチケットを購入してくれた人に対し、チームのアプリをインストールするように促す。そこから先は顧客ごとのアクションをリアルタイムに補足し、それぞれに応じたコミュニケーションが自動化されている。その上に、ソーシャル上の問い合わせや困りごとをキャッチすれば、カスタマーサービスセンターに送る、といった徹底ぶりなのだ。
2つ目は「e.l.f.(エルフ)」というティーン向けコスメにおける事例。同ブランドはモバイルファーストへの対応、パーソナライズ化というビジネス変革の課題を抱えていた。
そこで個々の顧客に対するパーソナライズされたコミュニケーションとして、モバイルアプリでセルフィーを撮影して、自分の目の色、肌の色、唇の色を画像認識で要素を分解し、似合うアイシャドウやリップをレコメンドするといったAI(Einstein)で強化された購買体験を届けている。Commerce Cloudによって、以降のページに表示される商品はレコメンド内容を反映してパーソナライズされる。さらに、Marketing CloudにてEinsteinを活用して一人ひとりに対して最適なタイミング・頻度でメールを送信する仕組みを構築した。
3つ目に紹介されたのは、ポップコーンのAngie’s BOOMCHICKAPOPなど100以上のグローバルブランドを有する米国の食品メーカー「Conagra(コナグラ)」の事例だ。同社はデータの散在、パーソナライゼーションへの対応、業務改革の必要性をビジネス課題としていた。
彼らは顧客行動を基点として、すべての戦略を練り直し、データから顧客のニーズを考え、顧客体験を再定義。そして施策の効果測定を顧客行動ベースで行っていき、PDCAを回し最適化していった。
具体的には、Salesforce B2B Commerceによって小売店の在庫発注をオンラインで完結できるようにしたり、DatoramaでマーケティングROIを可視化してAIで打ち手を発見したり、小売など中間業者を経由して消費者に一貫した体験を届けるためのソリューションであるDistributed Marketingを駆使してパートナー企業のキャンペーンを支援したりといった取り組みを行った。
「クライアントの方々にはこうした例を紹介していきながら、実際にデジタルで変革していく上で何が大事かをお話ししています。そうしていく中で次の一歩をどう踏み出すかという話も出てきますが、実践していくとなるとなかなか手こずります」と熊村氏は話す。
なぜなら、顧客の期待と伝統的なビジネスのギャップは大きくなるばかりだからだ。
84%の消費者は企業が自分たちのニーズを理解することを期待しているが、一方で74%の企業のマーケティングリーダーは、パーソナライゼーションの推進に苦労している状態にある。しかしパーソナライズされていないとブランドスイッチが生じることになる。
だからこそ、企業がマーケティングをやっていくにあたり、テクノロジーに対してきちんと投資しようという話が出てくる。顧客は企業に顧客体験を向上させるために新しいテクノロジーを活用することを期待しているからだ。
熊村氏によれば、こうした状況下で結果を出している企業には、DX(デジタルトランスフォーメーション)専門組織が設置されているという。ただ、組織を作るだけでなく十分に機能させるには、DX専門組織と情報システム部門、その他マーケティング部門などが連携している体制が必要だ。
さらにいえば、これからのマーケターは、テクノロジーを武器に新しい道を切り拓くため“パッション”と“テクニック”を兼ね備えた「Trailblazer(トレイルブレイザー)」であることが重要と熊村氏は話す。
マーケアクションから逆算し理想の顧客分析、統合テータ基盤を構築
セッション後半では、日本におけるトレイルブレイザーの代表者として、JTBの福田晃仁氏と山上亜紀氏が登壇した。
福田氏と山上氏が所属するWeb販売部では、データドリブンを実現するために、「データサイエンスセントラル」という組織を立ち上げている。これはデータマーケティングの中核組織となり、「統合データ基盤」「顧客分析」「マーケティングアクション」の3つの部門によって構成されている。
「データドリブン組織に向けた変革のため、3つの組織を有機的にむすびつけています。よくある失敗として、システム部門からスタートすることがありますが、データサイエンスセントラルは、マーケティングアクションとしてやるべきことから遡って、どんな顧客分析を行うべきか、そのためにはどのようなCDPが必要か、という順に考えて組織設計を行っています」(福田氏)
JTBが考えるデータドリブンには、「量的分析」と「質的分析」がある。量的分析はパフォーマンスベースで、統計解析による各種アルゴリズム構築など数学的に行っていくものだ。同社が重視している「質的分析」は、パフォーマンスではなくコミュニケーションベースとなる。これはセグメントごとに1to1のコミュニケーションを作るためのもので、顧客をコンテキストで分類していく。
セグメントを切るために、コンテキストが重要なのはこれまでも論じられてきたことだが、実際に施策に移すためにどうしていくべきか、手法の話があまりされてこなかったと福田氏は話す。
たとえば、旅行先として人気のハワイでいえば、「ワイキキ周辺で1週間過ごすファミリー」と、「北部まで移動してプライベートビーチへ行くファミリー」が存在したとき、2つはまったく違うセグメントだ。前者は「ハワイ初心者」といえ、彼らはオーシャンビューの部屋を希望するのに対し、後者は「ハワイ玄人」で、宿にはあまりこだわりがないという背景がある。その場合、2つのセグメントに同じWebサイトを見せては思ったような効果は得られないと予想できる。
「この例のように『玄人度』という切り方ができたときに重要なのは、この2つのセグメントは年齢でも、購買力でも分類できないということ。『購買文脈』で顧客の特徴を捉えてセグメントを切るのに比べたら、年齢や購買力といった『属性』でセグメントを切ることには意味がありません」(福田氏)
では、購買文脈に応じてセグメントを切るためにはどうすれば良いのか。実際に作成されたセグメント例として、「出張女子」の切り口が紹介された。
これまで漠然と出張は男性がするイメージで、男性目線の広告コミュニケーションが実施されていたが、実際の出張ニーズを調べてみると、女性の出張も少なくなく、平均購買単価が男性より10%ほど高いことも判明した。
男性がホテルを選ぶときは「駅から5分」、「コンビニが近い」など機能購買をする傾向が強い一方、女性は女性専用フロアやシモンズベッドの部屋などを選びがちで、いわゆるサービス購買をする傾向にあることがわかった。
男女の購買行動の違いが見えてきたので、出張女子の求めるものをマインドに合わせて丁寧にコミュニケーションに落とし込んだところ、CVRが約145%向上する結果が得られた。
「調査によって、匂いに対するクレームが女性には多いこともわかったし、ヨガやトレーニングなど日常の習慣を旅先でも続けたいニーズなどにも気づかされました。コミュニケーションを行う中での嬉しい誤算としてあったのが、出張女子に向けてラグジュアリーな落ち着ける部屋のクリエイティブを投げたところ、子どもがいて禁煙を求める家族連れが反応してくれたこと。ファミリーと出張女子に一致するコンテキストを発見できたのは嬉しかったです」(山上氏)
他のセグメント例としては、連休の初日に一人で高級宿に泊まるような女性を表す「東京貴族」、50~60代が同窓会で旅行する「おじさま」などがあり、これまでに100ほど編み出しているという。
「JTBとしての1to1コミュニケーション戦略のゴールは、顧客構造を明らかにすること。どんな種類の顧客が、どの程度いるのかを明確にしたい。そのために、個々の施策を手で打つのは不可能なので、発見したセグメントに対して、セールスフォースのMAを用いてシナリオを設定し、自動的に運用していくのが今後の目標です」(福田氏)
日本におけるTrailblazerたる福田氏と山上氏の取り組みには、企業がいかにCDPを活かして1to1コミュニケーションを実現するかのヒントが詰まっているといえそうだ。