この記事は、日本マーケティング学会発行の『マーケティングジャーナル』Vol.37, No.1の巻頭言をもとに、加筆・修正したものです。
未来のデータは観察できない
50年に一度の大雨といった聞きなれない言葉もよく耳にするようになりました。自然災害もこれまでの常識が通用しなくなってきているように感じます。このような想定外のリスクに向き合うためには、常識的には考える必要のない様々な状況を想定して、万一そのような状況が現実のものになったらどう対処すべきかを事前にシミュレーションして対応策を考えておくことです。誰も想定していなかった1970年代の石油危機に際し、石油メジャーのブリティッシュ・ペトロリアムが見事に対応したことで知られるようになったシナリオプランニングの考え方がこれに当たります。
少し話がそれますが、日本経済新聞(2019年9月23日)によれば、アマゾンの時価総額は9,000億ドルに上り、ウォルマートの2.7倍と独り勝ちの様相を呈しているそうです。1994年に創業し、2015年末に初めて時価総額でウォルマートを上回ったことを考えると、変化のスピードとその大きさが際立っていることがわかります。書店大手のボーダーズ、家電量販店のラジオシャック、玩具販売のトイザらスを破綻に追い込み、現在アパレル業界に激震をもたらし、米国において多くの小売店を廃業に追い込んでいると記事は伝えています。
このような事例が示していることは、私たちはどうしても日常の仕事に囚われがちで、長期的な変化には目を向けない、そして多くの場合、たとえ気づいたとしてもそれが現実のものとなるまで組織的に行動を起こせないということだと思います。
多くのビジネスパーソンが、今後10年の間に、日本の社会に大きな変化が起こるはずだと思っていると思います。10年経って現在を振り返ってみれば、「ああ、やっぱり起こるべくして起こるべきことが起こった」と感じられるのだと思いますが、どのように変化していくかを正確に予測することはほとんど不可能です。それは、未来のデータは観察できないからです。
繰り返しになりますが、問題は10年先を考えるといった作業に対しては通常の科学的アプローチは役に立たないことです。それでも、変化の先取りはできなくても、少なくとも今後起こりうる大きな変化に対処すべく、頭の準備だけはしておく必要があるのではないでしょうか。どのように変化するのかまったく手掛かりがなければ、準備のしようがないからです。
特に、マーケターが未来への準備のためにまず知りたいことは、どうすれば未来の社会や生活者の顔をイメージできるのか、消費者はどのようなライフスタイルになっているのか、技術や科学にどのように向き合って生活するようになっているのか、10年たっても変わらない論点は何か、といった点ではないでしょうか。未来の消費社会を考えるといった問題意識から企画されたのが、『マーケティング・ジャーナル』145号の特集「多型化する時代のマーケティングを考える」です。