モバイルペイメントが「新小売」を攻める理由
次に、本セッションのメインテーマである「新小売」の現状を見ていく。冒頭で紹介したように、これはジャック・マー氏が2016年に提唱した言葉である。マー氏は「10年、20年後の未来、ECという言葉はなくなる。残るのは新小売だけ」と語った。続く2017年、元GoogleチャイナCEOで現在は著名なベンチャーキャピタリストであるリ・カイフ氏が、オンラインでもオフラインでもない双方が融合した環境を「OMO-Online Merges with Offline」と表した。これを家田氏は「ネット上の人口がこれ以上増えないところに到達し、今後は純粋なインターネット産業ではなくオンラインとオフラインが交わるところが起業機会になる、と論じた」と読み解く。

2年経ち、現在「新小売」に猛攻しているのは、ジャック・マー氏が築いたアリババと、WeChatで生活圏を囲うテンセントだ。モバイルペイメントの強力プレーヤーが新小売に乗り出す理由は、「EC市場成長率の鈍化の打開と、データの取得」と家田氏。
現在、中国のEC化率は20%を超え、世界最高となっている。だが当然、年々モバイルEC成長率自体は鈍化しており、2017年で前年比+30%、今後も徐々に目減りするだろう。その危機感を抱えて小売に目を向けると、成長率こそ鈍いものの、残り80%を占める購買シーンに彼らは勝機を見出したというわけだ。
データ取得についても、実はモバイルペイメントでは限界がある。自社以外の小売の場において、決済事業者には決済IDと場所と総額だけが取得でき、「何を何個買ったか」のPOSデータは手に入らないからだ(図2)。

いまだ多くの購買データはオフラインにある
決済によって購買データを膨大に手に入れられれば、様々なデータビジネスの可能性が広がる。実は、WeChat Payが拡大した当時、各小売事業者に持ち込まれた事業提携の内容は「手数料を抑えるからPOSデータを共有してほしい」というものだったという。それは小売業としては事業の源泉を明け渡すことにもなるので当然合意されなかったが、購買データの取得は大きなポイントだ。
たとえばアリババを例にすると、既出の通り中国のEC化率が20%、またアリババのCtoCおよびBtoCでのECシェアが約50%のため、おおまかに中国人の購買情報の10%を有しているといえる。「10%“も”知っていると捉えるか、10%“しか”知らないと捉えるかで見方が変わるが、ここまでの文脈を考えると『10%“しか”知らないから、残り90%の購買情報を獲得するためにオフラインに進出する』ということが彼らの考えだろう」と家田氏。
アリババは現在、ゲームや映画、動画などのエンターテインメントプラットフォームも傘下に収めている。藤原氏の「おそらくこういった場で行動データを取得し、購買データと掛け合わせて広告配信を回すのでは?」との指摘に家田氏も同意し、「購買データを把握していることは大きい」と応じる。
