「知らない人」の気持ちになって文章を書く
中山:枌谷さんが書く記事って、チャートや図を多用されていて、わかりやすくまとまっていると感心します。表現の仕方でどんなことを意識されていますか?
枌谷:元々デザイナーなので、ビジュアル化はライターさんよりは得意かもしれません。その上でなんですが、「一番ダメな状態の自分」を意識して書いているところはあります。たとえば私は、リモコンやガジェットの操作が下手で、ショートカットもあまり覚えず、複雑な操作や話が全般的に苦手なほう。でも、そんな自分ですら「使いやすい」「理解しやすい」と思える文章を書けば、多くの人に伝わると信じています。自分の中に存在する複数の人格の中で一番リテラシーが低い人格を基準にするイメージです。
中山:なるほど。徹底的に客観視しているんですね。
枌谷:ガジェットが好きすぎるマニアックなデザイナーがUIをデザインすると、難解に仕上がることがあります。なぜなら、本人が複雑なものを使いこなせてしまうから。逆にリテラシーが低めの人のほうが、わかりやすいデザインができたりする。それと同じ理由です。図を作ったり、文章を書いたりするときも、変な言い方ですが、「アホな自分」を捨てないように心がけますね。
中山:普通の感覚を維持し続けるのって、簡単なようですごく難しいと思います。
枌谷:ベイジはWeb制作会社なので、「Webサイトをリニューアルしたい」ってご要望をよく受けるんですけど、初めてクライアントのWebサイトを触るときの感覚を大事にしています。アポの前にじっくり見過ぎて、操作に慣れすぎてしまうと、初訪問したユーザーの感覚を忘れてしまう。
中山:それ、良かれと思ってついついやってしまいがちです。
枌谷:あえてサラッとだけ使って、当日は印象論で話すようにしています。一般のユーザーさんはWebサイトを適当にしか見ないので、それに寄せる感じ。Webサイトをしっかり見るのは調査フェーズに入ってからです。こうすることでコンテンツや機能の見落とし、勘違いがあるかもしれませんが、「見落とした」「勘違いした」という経験自体が、デザイナーとしては大事だと思っています。
中山:う~む、そこまで細かな意識を持っておくんだ……。
枌谷:これはデザインだけでなく、文章を書くときもです。昨年、映画『ボヘミアン・ラプソディ』が流行っていた時期に書いた解説記事がバズりました。公開して5日間で20万PVくらいいって、おそらく当時乱立していた『ボヘミアン・ラプソディ』関連の記事の中では一番拡散したと思います。勝因はQUEENに詳しい人の視点では書かなかったから、ですかね。「映画は観たけど、QUEENのことよく知らない」って人の気持ちを類推して、彼らでも理解して読み進められるよう書きました。

めちゃくちゃシェアされている!
中山:元々QUEENファンって人は年齢層が上の一部で、有名曲しか知らない人が大半ですよね。
枌谷:実は、日本では有名な『I Was Born To Love You』という曲が、作品内には登場しないんですが、気づきました?
中山:そういえば……!
枌谷:厳密には少し出てくるんですけど、気づかないくらいにわずかしか出てこないんです。誰もが知っている有名曲なのに扱いが低いのはなぜか。
中山:気になります。なぜなんでしょう?
枌谷:なぜなら、あの曲は元々、フレディ・マーキュリーのソロ曲で、彼の没後にQUEENの曲として再レコーディングしたものが日本のドラマやテレビCMで使われて浸透したんです。海外では日本ほどの人気曲じゃない。だからグローバル向けの映画としては大きく使われていないんです。でも、QUEENの有名な曲を知っている程度のライトな人からすると、「あれ? 『I Was Born To Love You』が使われてない。どうして?」って思うだろうなと推測して、その解説を書きました。
中山:枌谷さんが音楽に詳しいって前提にあるにしても、着眼点がすごい。
枌谷:拡散理由はこれだけじゃないのですが、あの記事は、Twitterやはてブで「そうだったんだ」「知らなかった」って反応してくれる人が大勢いました。詳しくない人の視点に合わせて書くと、たくさんツイートが生まれることもあります。マニア向けになると、共感してくれる絶対数が少ないから拡散力も弱まる。この感覚を掴むことって、マーケター的にはけっこう大事だな、と思ったりします。

BtoB領域でも実名で発信しよう
中山:最近、BtoB領域で実名発信する人が増えている印象があります。その良し悪しについてはどうお考えですか?
枌谷:BtoBで仕事の延長で情報発信するのであれば、実名&顔出しの方が有利でしょう。名刺やリアルで面と向かったときの顔と一貫性が保てますし。もちろん、仮名で貫き通してそれで統一したキャラが立てられるなら、実名でなくてもいいとは思いますが。
中山:オリジナリティがどこに紐づくかというと、結局「個」なんでしょう。だから会社としてよりも、個々の発信ができるかにかかってくる。
枌谷:多くのBtoB商材は世の中に知られていません。だからその商材に関わる個人を先に知り、次に会社やブランドを知る……という流れが起こったりもします。もちろん、個のブランディングだけで商品が売れるわけでもなく、広告も展示会もセミナーも大事なんですが、BtoBに関しては、個人ブランドが効きやすいという一面はありますね。ちなみに、中山さんは企業の公式アカウントがSNSで流す情報をシェアすることってあります?
中山:ほぼしませんね……。片棒を担いでいる感が出ちゃうのが微妙で、なんとなくやりづらい。
枌谷:そうですよね。だけど個人アカウントだとハードルが下がる。法人に対しては「いいね!」やシェアはしにくいけど、個人に対してはできるんですよね。
中山:なるほど。でも、たとえばSHARPのTwitterアカウント(@SHARP_JP)は法人なのに反応しやすいのはなぜでしょうね?
枌谷:SHARPさんの場合、「SHARPの中の人」というキャラとして成り立っているからではないでしょうか。SHARPというブランドとイコールではなくて、「SHARPの中でTwitterを運用している人がやっているアカウント」という捉え方をされている。法人アカウントなのに、とても人間的な文脈で受け入れられている。
そこには、元々は日本を代表する大企業で、全盛期があったけど、その後外資に買われて、紆余曲折があって、というストーリーも背景として効いているのかもしれません。前提となる「お堅いイメージ」があった上でのあのキャラだから注目されたけど、誰も知らないベンチャー企業がやっても、同じようには注目されなかったかもしれません。
枌谷:上の記事では、「会社中の決裁を取らないと何も呟けないなら、やらないほうがいい」とか「もし僕が担当するなら、そこは自由にさせてください」って話されています。SHARPのアカウントは一人の個人が運営してて、その人が会社と戦いながらやってるみたいなのが透けて見えるのも、共感を呼ぶ一因かと思います。“会社と戦う、SHARP公式アカウント”という名の個人を応援しているような構図ができている気がするんですよね。
中山:企業アカウントとは思えないほど、ギリギリインコースを攻めてくるのが印象的です(笑)。
枌谷:SHARPブランドよりも「中の人」を応援している感覚でしょうか。それを許すSHARPっていい会社だね、というのはもちろんあると思うんですけど。いろいろな表現方法があって、実名じゃないとダメとか、個人アカウントじゃないと効かないとか、そういう訳でもないのですが、一つ言えるのは、個性をどんどん前に打ち出すのはSNSではとても大事だということ。
中山:SEOしか意識していない業界用語集もいいですが、それだけでは印象に残りにくい。コーポレートサイトでもそれを恐れずにやっていくべきなんでしょう。
枌谷:当たり障りのないお茶を濁したコンテンツではなく、失敗を恐れないスタンスで、顧客に伝えたいことを熱量高く伝える姿勢は重要ですね。