今からでも実施できる3つのこと
しかし大上段に構えても、東京2020開催までは残り7ヵ月しかない。何ができるか。スポンサー企業についてはレガシー戦略がある程度計画化されているかと思う。その場合は「1.想定外のリスクへの対応」「2.さらなる効果導出検討」「3.費用対効果検証」などを検討する必要がある。
しかし、主にスポンサー以外の企業で五輪での取り組みをこれから考えるような場合は、大掛かりな施策を実行するには時間が限られているため非常に難しい。
とは言え、世界から注目され、次に日本で実施されるのはいつになるかわからない大会で、まったく何もしないのはもったいなくはないか。今からでも検討・実施できることを、3つの視点で紹介する。
1.短期間を逆手に取ったレガシー戦略の実行
前段で“骨太なレガシー”を残すことに五輪の価値があるのではないかと記述した。通常であれば何年も前から準備する必要があるわけだが、特にスポンサー企業以外は五輪に向けたレガシー計画はあまりないかと思う。そこで五輪までの期間が短いことを逆手に取れないか。
現在、日本の多くの企業が2020年以降に向けて様々な取り組みを検討している。全社レベルでのデジタルトランスフォーメーション(DX)や、マーケターの活動であればデジタルマーケティング・グローバル進出の加速など内容は様々であるが、社内での組織の壁や意思決定の遅れなどにより、思った通りに検討が進んでいない企業(特に大企業)は驚くほど多い。
そこで五輪でのアウトプットを1つの目標にして、社内コンセンサスや意思決定の迅速化に活用するのである。
具体的には、まず既存戦略を切り出し五輪向けに特別ロードマップ化する。内容は新商品リリースや新しいプロモーション手法などなんでも構わないが、ポイントは「レガシーとして残すのは何か」をきちんと決めておくことである。たとえばマーケターの取り組みで言えば、このために作られた臨時マーケチームをそのまま組織として残す、マーケテクノロジー基盤や訪日外国人の顧客ID収集、統合されたデジタルUX・UIかもしれない。
Productに切り込むのであれば、たとえば保険業界でスモール保険を出してみるのも良いかもしれない。五輪を想起させるものはスポンサー企業以外できないが、五輪期間ならではの高温や混雑によるアクシデント、交通、セキュリティなどを補償してくれるスモール保険があれば多くの人が安心して大会を楽しめるし、その良さがわかれば将来展開への布石になる。
このように実現したい戦略の一部かもしれないが、五輪を旗印に社内を一気にドライブするのである。「なんだそんなことか」と思われた方もおられるかもしれないが、大企業では本当に深刻な課題となっているケースも多い。情緒的な話にはなるが、先般のラグビーW杯では、自分がタックルで倒されても仲間を信じて前へ進む選手たちの姿を見て多くの人が勇気付けられたのではないだろうか。普段は軋轢がある部署とも残った期間でなんとかしようという機運を作るのに五輪ほど適した目標もないだろう。
2.複数企業連携によるエコシステム形成
上記のレガシー戦略促進を実行するにあたり、1社ではなく複数社で実現できるのであれば効果の最大化につながるだろう。たとえば観戦者であれば五輪前の調べものや予約などの事前体験、五輪へ向かう道中・現地での衣食住の体験・観戦体験さらには時間つぶし、帰路や体験振り返りなどの長い時間軸、そして幅広い分野の体験すべてが連続的な「顧客体験」となるわけであり、そもそも1社で提供できることは限られている。
多くの企業が大なり小なりなんらかの仕掛けをする事を考えると、連携してシナジーを効かせたほうが良いだろう。五輪における大会外のコンテンツ消費も非常に旺盛であることはよく知られており、スポーツコンテンツがなくとも様々な業態にチャンスがある。
3.第三者機関を活用したリスク対策
最後に一連のレガシー構築施策を実行するにあたりリスク対策は入念に実施しておくべきだろう。
レガシー構築事例ではないが実際に起きた例として、2014ソチ大会において大手飲料メーカーA社は、Web上の自社商品の缶に応援などの任意の刻印イメージを表示し、SNS上でシェアできるキャンペーンを展開。その際、旧来の仕様であるLGBTに関連する言語が入力できない仕様となってしまっていた。この結果、LGBT活動団体より激しい抗議を世界的に受けるとともに、1つの団体よりサイトをジャックされ自らがコントロールできない状況に長期間さらされたのである。
この事例では企業が事前に十分にリスクを特定できず、不測事態に対応できなかった。期間が短い五輪においては、事前のリスク対策なしではリカバリーが間に合わない。このように、五輪では能動的かつ深いレベルでのリスク対策を行うことが求められる。
ここで、解決のヒントとなりそうな事例を紹介する。アウトドア用品を中心に展開するB社は環境保全、消費者安全観点のリスクを排除する取り組みとして「ブルーサイン・スタンダード」という認証を導入した。これは同社の持続可能性を高める取り組みとして始まったが、他社へ呼びかけサプライヤー、ひいては競合にまで導入され、業界全体の持続可能性を高める取り組みとして定着した。結果として同社は2016年の“Sustainability Leaders”において、名だたる企業を抑えグローバルカンパニー部門上位にランクインしている。
ポイントは、自社と利害関係のない第三者機関とパートナーシップを組み、公平性を保つ仕組みを作り上げたことだ。この機関は何十年もの間、持続可能なテキスタイルの工程と原料について研究しており、認証を受けたものは環境、安全リスクが一定のレベルで抑えられていることが保証される。
第三者機関の活用によるリスク低減は短期間の準備で効力を発揮し、レガシー施策に適用されている場合は五輪後まで活かせるであろう。
東京五輪を企業にとって価値あるものへ
以上、残り7ヵ月で企業が東京五輪で何ができるかを記した。また当考察では十分に触れてはいないが、今大会の特徴としてオリンピックとパラリンピックの距離も近いため、パラリンピックの活用もポイントだ(上記の各施策はオリンピック・パラリンピックの双方に適用可能なものを挙げている)。大会については様々な意見があるものの、半世紀ぶりの東京開催を盛り上げ、多くの日本企業にとって少しでも価値のあるものになればと心から願う。