機能不全を打破できるのは、社長しかいない
今回紹介するのは、クリエイティブディレクター/コピーライター/マーケティング・アドバイザーの小霜和也氏による新著『恐れながら社長マーケティングの本当の話をします。』です。小霜氏はマスとデジタルを統合した広告キャンペーンに携わりながら、企業のマーケティング全体へのアドバイザーとしても活躍。これまでもデジタルクリエイティブ、広告コピーなどをテーマに、書籍を執筆しています。
本書のテーマは「社長マーケティング」。小霜氏は、マーケティングが機能不全に陥っている原因は、広告主企業の各部門や外部パートナーそれぞれが、部分最適を追い求めてしまうためであると指摘します。この状況を正常化するには、企業のトップがマーケティングにコミットし、組織を再編成していくことが必要です。
「まずはマーケティング部をなくしましょう」
では、全体最適を目指すためにはどうするか。本書では第1章でいきなり、大胆な提案をしています。
マーケティング部という呼称を宣伝部に戻す(p.50)
「マーケティングは宣伝部門に丸投げ、エージェンシーに丸投げ」という姿勢では、もうやっていけない。その理由として小霜氏は、マーケティングの戦いが、宣伝部レベルではなく経営層判断による“4Pの総力戦”に移行しつつあることを挙げています。
実際に、2019年のカンヌライオンズで評価されたのは「斬新なアイデア」ではなく「企業としての実行力」でした。3つの賞を受けたバーガーキングは、アプリをインストールしたスマートフォンをもってマクドナルドの近くまでいき、そこから引き返してくると、通常5ドルのハンバーガーを1セントまで値下げするキャンペーンを敢行。こうした施策は、テクノロジーをどう活用するか、値引き設定をどうするか、そしてこのようなアイデアを広告表現にとどめず本当に実行するのかなど、4Pの緻密な連携があってこそ実現するものです。
ところが、Product、Price、Place、Promotionのすべてを1つの部署で見るのは現実的に難しく、現在のマーケティング部は、その名に反してマーケティング全体の権限を委譲されているわけではない、というのが小霜氏の見解。だからこそ、4Pのすべてを掌握できる人物(=社長)がマーケティングにコミットし、Promotionのプロとしての宣伝部が、専門的な知見を提供すべきと提案しているのです。本書ではこの方針に沿って、組織整備のステップ、戦略・クリエイティブ設計のポイントなどを紹介しています。
“いくらでもサボれる仕事”だからこそ
本書の後半部分では、サブスクリプションやカスタマーサクセスといった新しい潮流、SDGsやESG投資が注目されている背景について、具体例とともに学ぶことができます。組織のトップに限らず、マーケティング・ビジネスを取り巻く状況を押さえておきたいすべての方に役に立つ内容です。
最後にマーケティングの文脈からは少々逸れますが、本書の各章末に添えられた「回り道コラム」の中から、仕事に対する小霜氏の思いが込められた文章を紹介します。
クリエイティブはいくらでもサボれる仕事です。1つの企画を出すのに1分しかかけなかったとしても、「1週間かけた」と言われたらそれを信じるしかありません。(中略)どこまで考えればいいかは自分で決めるしかなく、ゴールのテープもない、自分が納得できるかという戦いです。(p.209-210)
小霜氏が懸念しているのは、こうした性質をもつクリエイティブの仕事を「これでいいや」とさっさと終えてしまう人が増えたのではないかということ。これはクリエイティブに限らず、様々な仕事に当てはまる指摘かもしれません。「時間をかけずに『捌いて』しまう姿勢で良いのか」「『無理をしない』のと『手抜きをする』は異なる概念ではないのか」という問いかけに、身の引き締まる思いがします。
来る2020年に向けてマーケティング業界の潮流を把握するためにも、自身を奮い立たせるためにも、ぜひ手に取りたい1冊です。