マーケティングがマーケティングではなくなる世界
白石:ブランドエクスペリエンスに関し、手法に偏った議論が多いように感じていますが、R/GAが提供するブランドエクスペリエンスのコアも「人間とブランドをつなげる」という考え方なのでしょうか。
鈴木:そうですね。「ブランドも、人と同じように生きている」と考えています。人間同士の関係性と同様に、なぜそのブランドを好きだと思うかというと、そのブランドに重要な役割があって、ベネフィシャル(役に立つ)だからなんですよね。
そのブランドがユーザーの人生にとってなくてはならないものなら、お互いが両思いということですよね。そうすれば、マーケティングはマーケティングではなくなる。
白石:なるほど。「マーケティングがマーケティングではなくなる」とは、具体的に教えていただけますか。
鈴木:ユーザーが企業のマーケティング活動を「押し付け」「煩わしい」と感じることなく、積極的に協力してくれるようになるということです。
結局今、どの企業も、どのエージェンシーも必死になってパーソナライゼーションをしようとしているじゃないですか。でもユーザーが企業に情報開示するかどうかって、「どれだけお互いのことを理解し合っているか」にかかってくるんですね。これって、人間同士の関係とまったく同じで(笑)。
「さあ、これだけたくさん機能があるから何でもできます、便利でしょう?」って、機能をひけらかしてベネフィットを押しつけても、ユーザーと信頼関係は築けない。僕たちはそう考えています。

日本のエージェンシーに足りない2つの視点
白石:哲学をもってアプローチしているR/GAの姿勢が伝わりますね。東京だけでも10ヵ国以上のバックグラウンドの社員が集まっていると伺いましたが、お互いの意見を尊重しあうカルチャーがビジネス上の哲学や姿勢に体現されているように感じます。さて、日本の市場においては、挑戦者の立場であるR/GAですが、世界で様々なプロジェクトに携わっている鈴木さんから、日本のエージェンシーにもっと必要な視点は何だとお考えですか?
鈴木:自分たちの強みを生かしつつ、クライアントやチームを組む相手のカルチャーを理解する姿勢でしょうね。まさにこれこそダイバーシティだと思うので。プロジェクトを進めるときに大事なことって、まず「他人は何を変えたくなくて、何に躊躇しているのかを考える」ことだと思うんですね。つまり、「自分たちのやり方はこうだ」というプライドをいったん全部捨てて、他人に興味を持つこと。
自分たちのやり方をカルチャーの全然違う相手に押し付けたって、苦しいばかりじゃないですか。まず目の前の相手が「壊されないように大切に守ってきたもの」を、こちらも繊細に理解し、同じように壊さないように大切に扱うこと。尊重することが重要だと思っています 。
白石:なるほど。今までに固執しないこと……難しいですが、大事なことですよね。
鈴木:ええ。それからもう一つ日本のエージェンシーに必要なのは、成功事例にとらわれないこと。これって日本特有なんですけど、プレゼンすると必ず「成功事例はありますか」って聞かれる。一度成功すると、なかなかやめられなくてずるずる続けてしまうのも特徴的ですね。
白石:そうですね(苦笑)。これは、冒頭でおっしゃったR/GAの実験的なアプローチとは異なりますね。
鈴木:ええ。僕たちのアプローチは、100%成功しますということを証明することはできません。もちろん、失敗することもあります。「僕たちと一緒に、ちょっと実験してみませんか?」というスタンスを分かち合ってくださるクライアントと仕事ができるといいなと思っています。
白石:R/GA東京が多くのクライアントとクリエイティブな実験を牽引してくだされば、日本のエージェンシーやマーケティングのカタチも新しくなっていきそうです。これからのR/GAのあり方は?
鈴木:もともとR/GAは、ファウンダーのボブ・グリーンバーグのもとで、9年ごとに事業観を変えながら進化してきたエージェンシーですが、最近ではそれでも遅くて、今は世の中の変化に合わせて毎年、あるいは数ヵ月単位で変わっていかなければならないと考えています。時代よりも少しでも先駆けて変化し、いち早く誰よりも新しいことにチャレンジすることによって、より良いソリューションを提供したいですね。
次ページでは、白石氏が今回のインタビューをもとに、マーケターに向けた具体的なインサイトをまとめています。こちらもぜひご一読ください。