PRはブランドの事実ありき ストーリーだけでは響かない
コミュニケーション領域の具体例として、「キットカット」の事例を紹介します。同ブランドは2003年から受験生応援キャンペーンを始めました。当時は売上が伸び悩んでいましたが、認知度は既に高く、テレビCMもなかなか数字に寄与しません。本日のセミナーをお聞きの方にも、同じジレンマを抱える方が多いのではないでしょうか。
ターゲットである高校生のインサイトは、“キットカットはお母さんが買ってくれるチョコレート”で、自分のブランドという意識は薄い状態でした。キャッチフレーズである「Have a break, Have a Kit Kat.」の意味を問うた際には、「ブレイク」の意味を部内の誰も答えられない。そこで議論を重ねた結果、高校生にとっての「ブレイク」とは単なる休憩ではなく、勉強などによるストレスからの解放だと位置付けました。
前後して、営業部門の九州の支店長から「1~2月の受験シーズンにキットカットが売れている。お客様によると“きっと勝っとお”のゲン担ぎ」と聞きました。実は当初、担当者が「ブランド名で語呂遊びができるか」と却下したのですが、翌年も同じ話が挙がり、前述の「ブレイク」の定義とぴったり重なったこともあって受験生応援キャンペーンを実施したのです。
ここで我々が考えたのは、受験生を応援したい第三者の方に「キットカット」を使っていただくことでした。受験生が泊まるホテルのフロントの方から、試験会場へ向かう当日の朝に「試験頑張ってね」の一言とともに「キットカット」を手渡していただくと、受験生は予期せぬ声かけによって緊張が和らぎ、ホテル側にも感謝されました。以降、様々なパートナーさんと共同で実施し、毎年多くのメディア露出を獲得しています。
オウンドメディアで構築しつつある新たな結びつき
PR展開では、まずブランドの持つ事実を理解する必要があります。事実がなく、ストーリーだけ作ったとしても、それはいわゆるフェイクニュースに過ぎません。事実に基づき、どのようにメディアやターゲットの方々が興味を持てるストーリーを作るかが大切です。「キットカット」を好例に、現在では「ネスカフェ」など他事業やコーポレートでもPRを積極的に進め、一定の成果を上げています。
もう一つ、近年注力しているのは2010年に立ち上げたオウンドメディア「ネスレアミューズ」です。以前はブランドごとにばらばらだったサイトを統合し、キャンペーンや直販ECの機能もまとめました。現在の会員は650万人、そのうち約45%の280万人のオプトインを得ており、また数多く来訪する方ほど購買金額が高いことも確認しています。顧客との新しい結び付きができつつあると捉えています。

マーケティングそのものではありませんが、この10年で人事を含めて進めている働き方改革でも、前述の“新しい現実”の考え方を適用しています。人事にとっての顧客である従業員のライフスタイルの変化や、雇用形態に関する問題などを捉え、以前からテレワークや営業職の直行直帰、またジョブディスクリプションの導入や契約・派遣社員の正社員化などを実践してきました。
ネスレ日本のイノベーションの考え方を、具体例を交えてお話ししてきました。変わりゆく現実と、自分にとっての顧客を定義することで、どんなビジネスでも次なる一手のヒントが見つかるのではないかと思います。今日の話が、皆さんの参考になれば幸いです。
