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リゾームマーケティングの時代

テクノロジーの権力から抜け出せるか 「DX」と「UXと自由」が導く、エンパワーメント

「脳のアップロード」に伴うリスク

 私のGoogle時代の上司で、Google米国本社副社長・日本法人社長を務めていた村上憲郎さんは、電通総研のインタビュー企画で、私が「村上さんの夢はサイボーグになることですよね?」と水をむけたところ、「そう、永遠に生きること。僕の自己意識をシリコンの上に転移することだね」と即答している。

 この「自己意識をシリコンの上に転移する」といのうは、脳のアップロードと呼ばれている。東京大学大学院の渡邉正峰准教授(脳科学)は、「意識そのものを肉体から離して機械の中で生かす」ことで不老不死が実現できるとしている(参考記事:「意識を機械にアップロードして“不老不死”を実現!? 東大准教授が提唱する可能性とは」)。

 2018年に電通総研の会議で村上憲郎さんとご一緒した際に、こんな話をした。BMI技術や脳のアップローディングの話をした後のことだ。

「有園さんの脳も私の脳も、ネット空間に溶け出して、融合するかもしれない。そして、その融合した情報が有園さんの脳に入り込んでくると、どこからどこまでが有園さんでどこからどこまでが村上憲郎なのか判別がつかなくなる。そのとき、自我の意識はどうなるのか。我々のアイデンティティは、どうなっていくのか?」

 とても面白い問いだと思った。と同時に、新たな懸念も生じる。「中国共産党のような全体主義的な政府が、ネット空間に新型ウイルスを拡散し、ネット上で融合した人間の脳をコントロールし我々の行動を制御しようと企てるかもしれない」と。

 トキソプラズマという寄生虫がいる。この寄生虫は人間の脳に寄生して、人間の行動をコントロールしている。たとえば、トキソプラズマに感染した人は交通事故に遭う確率が2倍以上高まるし、感染者は統合失調症を発症しやすくなる。トキソプラズマ感染は自殺率の上昇に関連しているという報告もある(参考記事:「トキソプラズマが人の脳を操る仕組み」)。

 トキソプラズマが、どのようにして人間の脳を操るのかは不明だが、「ヒューマンDX」、つまり、BMIや脳のネット接続、そして、脳のアップローディングが実現する頃、たとえば、2030年ごろには、新型コロナウイルスではなく、新型コンピュータウイルスのリスクがあり得る。全体主義的政府が新型ウイルスを拡散し、デジタルテクノロジーを活用した「完全監視体制」を敷くかもしれない。脳とコンピュータの接続経路を介して、無意識のうちに、あなたの脳は監視され、あなたの行動はコントロールされるのだ。

企業のDXの先にある「ヒューマンDX」

 『アフターデジタル2 UXと自由』に刺激され、ニーチェの「生の哲学」からフーコーの「生の権力」、そして、イーロン・マスクの米ニューラリンク、さらに、トキソプラズマという寄生虫が頭に浮かんだ。DXというと、一般的には企業のDXがまず想起される。企業のDXで、そのサービスのUXが重視されるのは当然だが、さらにDXの進む先に、「ヒューマンDX」つまり「人間自身のDX」を見据えているとすれば、「テクノロジーの暴走を止めるのは誰か」という問いを、人類は真剣に受け止めなければならないはずだ。

 もし、デジタル化したトキソプラズマのような新型ウイルスが拡散し、人間の脳を監視・支配するようになってしまうと、どうなるのか? BMIや脳のネット接続などのシステムは、どのようなUXを提供するべきなのか? そこに、理念と倫理がなければ、「ヒューマンDX」の未来は、ディストピアになってしまうのではないか?

 ビル・ゲイツが序文を寄せた『TOOLs and WEAPONs』は、テクノロジーの暴走に対しての警鐘を鳴らしているが、その対応策については、まだ明確な答えは見いだせていないようだ。

 藤井保文さんは『アフターデジタル2 UXと自由』で、こう述べている。

「目指すべきは『多様な自由が調和する、UXとテクノロジーによるアップデート社会』であり、それをユーザー側の視点で書くと『人がその時々で自分に合ったUXを選べる社会』となります。これは、民間企業が社会のアーキテクチャー設計を担うことができる、すごい時代の到来を示しています」
参照:『アフターデジタル2 UXと自由

 これはあくまでも私の勝手な解釈だが、藤井さんの本の行間を読むと、それぞれの企業や個人がそれぞれの「自由」を力強く謳歌しつつ、それをアップデートしていく社会を目指すように感じている。ときに、個別の企業や個人の「自由」には対立もあり得る。ゆえに、そこには「調和する」精神も必要になる。その上で、「人がその時々で自分に合ったUXを選べる社会」を実現していく。ここには、ニーチェの「生の哲学」やフーコーの「生の権力」に通じる思想があるのではないか。

 ニーチェの「生の哲学」は、現代風にいえば、エンパワーメントの物語で「自己実現せよ」と迫ってくる。親や社会の常識を鵜呑みにするな。「世間を生きるな、自分を生きろ」と。ユーザーという個人がその時々で自分に合ったUXを選べる社会を実現せよ、というとき、自分に合ったものを選ぶためにも、個人の意志が尊重されなければならない。それは、「力への意志」であり、選ぶ勇気を持つということだ。あるいは、企業も他社のフォロワーになるのではなく、自らのサービスを自らで創出し更新していく力と勇気を持つこと、それが必要だと。

 そして、それは、テクノロジーの暴走を防ぐためにも必要だ。つまり、ビル・ゲイツの問いに、ビービットの藤井保文さんが答えてあげている。GAFAだけではなく、DXによって個々の企業が「生の権力」を行使できる「すごい時代の到来を示し」つつ、テクノロジーの暴走でディストピアに堕ちないために、個人が「自分を生きる」ことを支持していく。決して、全体主義的なデジタル・トキソプラズマに支配されてはならないのだ。そのような悪意に対抗できるのは、個々の企業と個々人の「自由」を尊重する精神しかない。それが、テクノロジーの暴走を阻止するために必要なのだ。

 「多様な自由が調和する、UXとテクノロジーによるアップデート社会」「人がその時々で自分に合ったUXを選べる社会」とは、テクノロジーの暴走に対する防止策の理念を示したものとも解釈でき、かつ、ニーチェ、フーコーの思想的な系譜を継承してもいる。その意味では、『アフターデジタル2 UXと自由』とは、21世紀における『力への意志』であり『監獄の誕生』なのだと思う。

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この記事の著者

有園 雄一(アリゾノ ユウイチ)

Regional Vice President, Microsoft Advertising Japan

早稲田大学政治経済学部卒。1995年、学部生時代に執筆した「貨幣の複数性」(卒業論文)が「現代思想」(青土社 1995年9月 貨幣とナショナリズム<特集>)で出版される。2004年、日本初のマス連動施策を考案。オーバーチュア株式会...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2020/09/09 09:00 https://markezine.jp/article/detail/34230

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