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第106号(2024年10月号)
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BtoBイベント破綻の理由はパンデミックにあらず “対面の再現”を超えたオンライン体験をどう作る?

 COVID-19パンデミックにより、BtoBイベントのあり方が変わろうとしている。毎年、米国ボストンにて開かれるHubSpotの年次イベント「INBOUND」も、今年は初のオンライン開催となった。今年70,000人以上の参加登録者を集めた同イベントのエグゼクティブプロデューサーであるキム・ダーリング氏は「オンラインイベントは“対面体験の再現”では上手くいかない」と強く主張する。同氏に、すべてがオンラインシフトしていく世の中で、BtoB企業がイベントを成功させるために必要なポイントを解説していただいた。

本稿は、米国DIGIDAYに掲載されたHubSpot INBOUNDエグゼクティブプロデューサー キム・ダーリング氏による寄稿を翻訳し、追加インタビューを元に再編集したものです。

COVID-19パンデミックで失われた、BtoBイベントの慣例

 ネックストラップや名刺、ブランド名が刻印されたペンといったノベルティーを対面型のイベントで手にするには、まだまだ時間がかかりそうです。COVID-19パンデミックは、私たちの働き方から消費活動(購入方法や販売方法)、人との付き合い方、楽しみの見出し方を変え続けています。今、イベント業界は世界的に、これまでに類を見ない大きな課題に直面していると言えるでしょう。

 INBOUND エグゼクティブプロデューサー キム・ダーリング氏
HubSpot INBOUND エグゼクティブプロデューサー キム・ダーリング氏

 密閉空間で何千人もの人々と握手を交わすことに、今や私たちは恐怖感を覚えるようになりました。見込み客やビジネスパートナー候補と会うために飛行機に搭乗するということも、まったく無謀な行動に思えてきます。ビジネスのソリューションを求める人々が、広大な会場に所狭しと並ぶスポンサーブースを歩き回るというのも、もはや非現実的です。

 業界の先行きは不透明なままですが、一つ明らかなことがあります。それは「元の世界に戻ることはない」ということです。そして、私はこの事実を前向きに捉えています。BtoBイベントの業界は、もう何年もの間、抜本的な改革が切望されていたからです

BtoBイベントの長年の課題と求められる変化

 BtoBマーケティングイベントは、パンデミック以前から長らく破綻していたと考えています。様々なタイプのイベントに革新がもたらされ、近代化を遂げてきた一方で、BtoB業界は価値の低い企業カンファレンスを高いコストを払って開催するという枠組みから脱却することができていませんでした。

 またBtoB業界はこれまで何年もの間、「イベントは商談成立の場」という認識しか持てていませんでした。きらびやかな照明、著名な講演者の数々、フォトブースといったものは、顧客を喜ばせるためではなく、主催企業が商談を成立させるためのものでした。「来場者が素晴らしい時間を過ごせるに越したことはないが、必ずしも最優先事項ではない」が、企業の本音だったのではないでしょうか。

 しかし今日の顧客は、自分が支援する企業とのつながりをより強く感じたいと望んでいます。そして、イベントは企業にとって「コミュニティの意識を醸成する非常によいツール」になり得るのです。これはBtoB企業がパンデミック前から何年も見逃してきた機会であり、パンデミックが過ぎ去った後もまた見逃されそうになっている点です。

 企業は今、イベント戦略(あるいはイベント抜きの戦略)を練り直し、将来のビジョンを確立する必要に迫られています。しかし、多くの企業は対面での体験をオンラインで再現することしか考えていません。断言しますが、このアプローチでは立ち行かなくなるでしょう。

対面の体験をオンラインで再現するだけでは意味がない

 オンラインの場では、これまで来場者の注目を集めるために使ってきたような巨大スクリーンや、巨額の予算を投じた展示ブース、迫力の音響システムなどに頼ることはできません。さらにいえば、Netflix、Instagram、YouTubeなど、たった1クリックで参加者の注意を妨げる競合相手は無限にあります

 3月以降、世界中の著名なミュージシャンたちは自宅で演奏し、世界に向けて発信してきました。アートギャラリーは斬新な方法でオーディエンスとつながり、まったく新しいオンラインコミュニティが一夜にして出来上がりました。一方、BtoB企業の多くはデジタル化の波の中でイベントを開催するという課題を前に、呆然と立ちすくむばかりでした。

 もちろん、これらの企業は技術も、優秀なチームも持っています。彼らに欠けていたもの(それも長い間)は、現代のマーケティングミックス社会の中でイベントが果たす役割についての、先見性のあるビジョンです。

 これから先、イベントプロデューサーに求められるのは、紋切り型のイベントを量産することをやめ、オンラインイベントでの体験をどのようにレベルアップしていくかを考えることです。イベントの役割や理想の姿、今までと異なる手段でどのようにエンゲージメントを構築するかをしっかりと考え、この業界を新たに作り直す必要があるでしょう。

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HubSpotが「INBOUND 2020」で取り組んだ2つのこと

 ではここで、我々HubSpotが年次カンファレンス「INBOUND 2020」を初のオンライン開催で実施した際に、どのようなことに取り組んだのかをご紹介しましょう。

 前提として、イベントとは多くの人々が同じ会場に集まり、いきいきと会話を交わす場です。そして、何か指針となるような対話や、収集・選別のうえで提供したコンテンツが核となって互いに結びつく場です。イベントとはコネクションであり、コミュニティなのです

 「INBOUND」は、これまでもHubSpotのためのイベントではなく、常に“業界のためのイベント”でした。私たちが愛着と自信を持って開催してきたイベントで、何をするにも常にオーディエンスを中心に置くことを意識してきました。

 私たちのオーディエンスは今、子どもたちと一緒に自宅にいます。Zoomでの会議を次々とこなしています。カメラに映らない部分はパジャマ姿だったりもします。そんな状況において、オーディエンスに人とのつながりを実感させ、単なるミーティングではないのだと感じさせるためには、どうすればよいのか? 彼らのためのイベントなのだと感じてもらうには、何が必要なのか? オンライン開催を決めたあと、私たちはこれらを真剣に考えました。

 そして、二つのアクションに落とし込みました。

1、チケットを有料にすることで、“価値”と“損失回避の心理”を生み出す

 一つ目は、チケットを有料にしたことです。ほとんどのBtoB企業が、無料のオンラインイベントを開催するなかでは、少々奇妙に聞こえたことでしょう。ですが、これは非常に重要なポイントでした。

 なぜならチケットを購入すると、購入者はそこに価値を感じるようになるためです。皆様も実感していると思いますが、値段のついていないものに価値を感じてもらうのは、非常に難しいのです。また有料にすることで損失回避の心理が生まれ、当日の参加率も高まると考えました。

 また有料チケットは、あえて2種類作りました。29ドルのチケットと119ドルのチケットで、金額に応じて、オーディエンスの体験できる内容が変わるというものです。そして、29ドルは数量限定にしました。こうすることで、早く買わなければ高いチケットしか買えなくなることを訴求できますし、「今申し込まなければ機会を逃してしまう」と感じてもらいやすくなり、販売に勢いをつけることができます

 結果的に、当初立てていたチケット売上目標の2倍以上を達成することができました。またチケット購入者のうち2割弱は、こちらから働きかけることなく119ドルチケットへとアップグレードしてくれました。

2、デジタルシフトを思いっきり楽しむ

 二つ目は、デジタルへのシフトはもう元には戻らないと覚悟を決め、この変化を楽しんだことです。バーチャル会場を用意し、参加者には自分で作ったアバターで自由にその空間を歩き回れるようにしたのもそのひとつです。

「INBOUND 2020」の会場の様子
「INBOUND 2020」のバーチャル会場

 オンラインイベントを企画する際、私たちは過去のイベント参加者たちによる委員会を結成し、HubSpotのパートナー、顧客、業界内の人々などにも参加してもらいました。そして、イベントを作り上げる過程でフィードバックをもらいました。委員会からはネットワーキングの側面についてや、コンテンツに何が役立つか、何が有効かなど、たくさんのフィードバックをいただきました。

 またINBOUND 2020をすべてオンラインに移行することになり、我々のチームが参考にしたのは他のBtoBイベントではありませんでした。お気に入りのテレビプロデューサーの作品を参考に、魅了されるストーリーをスクリーン越しに伝える方法を検討したのです。

 たとえばブライアン(HubSpotのCEO/共同創業者)、ダーメッシュ(CTO/共同創業者)クリストファー(最高製品責任者)によるスポットライト(基調講演)は、ボストンらしい雰囲気をオーディエンスの自宅にお届けするべく、ボストン・レッドソックスの本拠地球場でもあるフェンウェイ・パークで撮影しました。

「INBOUND 2020」の会場の様子
キーノートの様子
(写真左から)HubSpot CTO/共同創業者 ダーメッシュ・シャー氏
CEO/共同創業者 ブライアン・ハリガン氏
最高製品責任者(Chief Product Officer) クリストファー・オドネル氏

 また今年は、HubSpot創業の地・ボストンらしさを、ログイン画面(下の画像)やHubSpotによる講演画面など、随所で打ち出しました。

 YouTubeやInstagramなど競合相手が無限にいるなかで、コンテンツや議論、学び、インスピレーションに没入する時間を持つためには、こうした工夫を施し、その空間に没入してもらうことが重要だと考えたためです。

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参加者同士でつながれる場も提供

 オンライン開催のINBOUND 2020には、世界中から参加者が集まりました。登録参加者の4割以上が、米国以外からの参加でした。非英語圏のゲストのために、スポットライトやブレイクアウトセッションではフランス語とドイツ語の字幕を用意しました。また、アクセシビリティ向上のため、配信する全講演に英語字幕を付けました。

 INBOUND 2020の参加者は、遠く離れた場所からスクリーン越しに覗く、受け身の姿勢の傍観者ではありません。会社やキャリア、コミュニティーの未来を築くインスピレーションを得るためにグローバルな会合に集まる、アクティブな参加者です。

 そんな参加者の皆様に意義のある時間を過ごしてもらえるよう、私たちは幅広い内容のコンテンツ(従来通りの対面式のイベントでは不可能だったものが多い)を用意しました。そしてライブ中継や、他の参加者とのチャット、スピーカーへの直接の質問、補足資料のダウンロードなど、どのコンテンツも独自に工夫を凝らしました。

 従来は講演スケジュールの重複などが原因で、得られる情報や知見、インスピレーションが減ってしまう恐れがありましたが、今回はすべての講演をオンデマンドで視聴できるため、その心配もありません。ゲストはINBOUND独自の交流ツールを活用して、1対1のミーティングやグループセッションを行うこともでき、ビデオ通話やライブチャットで他の参加者とつながることができます

 このようにして作り上げたINBOUND 2020は、対面型イベントをそっくりそのまま真似したものではないという点が好評を博しました。

イベント新時代に求められるもの

 COVID-19パンデミックは、BtoBイベント業界に、早急に変化する必要性を突き付けました。参加者の満足度よりも商談のクロージングを優先した大規模なイベントに、多額の予算を投じる時代は過ぎ去りました。間もなくイベントの新時代が始まります。デジタルファーストの世界で躍進するのは、参加者との間に一体感を高められるイベントです。

 9月22~23日に開催されたINBOUND 2020では、インスピレーションを与えてくれる講演者や、ワールドクラスのコンテンツ、そして様々な人々とつながる場が用意されたユニークなバーチャル空間に、自宅にいながら入り込む体験を作り出すことができました。我々も現状に甘んじることなく、さらに今後のINBOUNDを進化させていきたいと思っています。

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この記事の著者

キム・ダーリング(Kim Darling)

HubSpot INBOUND エグゼクティブプロデューサー

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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MarkeZine(マーケジン)
2021/04/20 10:20 https://markezine.jp/article/detail/35001