社会課題型マーケティングの成功例とは
MZ:では、よりマーケティング視点で社会課題解決型の企業施策を考えていきます。ひろもりさんに伺いますが、社会課題解決型マーケティングの成功例や、注目しているキャンペーンはありますか?
ひろもり:若い世代だと、BLM(Black Lives Matter)に敏感に反応する方、または「多様性を否定する校則」に関心を持つ方は多いと思います。もともと生徒のヘアダイを禁止しているにも関わらず、地毛が茶色という理由で黒髪を強要した学校がありましたよね。その流れで、パンテーンの「#HairWeGo」に共感する若者もたくさんいました。
#HairWeGoの面白さは、画一的な髪型を当然とする風潮に切り込んだ、『#令和の就活ヘアをもっと自由に』プロジェクトなどを展開し、社会を変えていこうという動きを作っている点にあると思います。実際に社会変化の旗振り役となる姿に共感するんですよね。
新井:私が学生を見ていても、圧倒的に彼らの心に突き刺さっているのはパンテーンです。就活ヘアの取り組みももちろんですが、トランスジェンダーにフィーチャーし、「#PrideHair この髪が私です。」と題したキャンペーンも、かなりの反響でした。
上智大学では昨年、学園祭で男女ともにミスコンを廃止して話題になりましたが、ルッキズムやジェンダーへの関心は、ここ数年で非常に大きくなりました。BLMでいえば、欧米のコスメティックでは、「美白」化粧品というカテゴリを廃止するなどの動きもあります。ナイキの動画も同じで、「自分たちが暮らしている日本社会のなかで、ルーツの違いによって社会からの扱われ方が異なる」という事実を見て、衝撃を受けた人も多かった。自分に関わりのある事柄や近しい事柄には、かなり刺さるようです。
取り組みが単発で終わってしまう理由はどこにある?
MZ:先ほど、「パンテーンのキャンペーンが続いて、本当に社会が変わったら面白い」という話が出ましたが、キャンペーンというものは、一般的にいうと、やはり単発が多いと思います。安藤先生に伺いますが、パーパスドリブン・マーケティングを継続できる企業と、できない企業との違いはどこにあるのでしょうか?
安藤:ズバリいうと、パーパスの問題です。要は、企業理念=パーパスと、マーケティングがきちんと紐付いていれば、継続しやすいんです。
アウトドアブランドのパタゴニアという会社があるのですが、この会社のパーパスは、簡単にいえば「ビジネスを通じて環境を良くします」というものです。経済活動をすれば、CO2もエネルギーも発生するので環境負荷がかかるので、どんなに崇高な理念があっても、「環境負荷を減らします」が精一杯。ところがパタゴニアの場合、数十年単位でずっとこのパーパスに取り組んでいるんですね。
10年前を振り返ってみると、日本国内では、リーマンショックがあり、その後東日本大震災があって、各地でさまざまな天災があり、そして2020年にコロナ禍に遭うといったように、非常に大きな変化が次々にありました。そのたびに、社会のあり方も大きく変わりましたよね。
でも、社会が変わろうが、テクノロジーが変わろうが、従業員が変わろうが、変わらないモノがただ1つあります。それが「考え方」、つまりパーパスなんです。企業理念やバリュー、Wayなどさまざまな呼び方がありますが、その変わらないモノに専念して、それを達成するためにどう活動し、どのように市場に訴えるかを考え、推進していく。だから、マーケティングがパーパスに根付いていないのであれば、当然短期で終わります。
社会課題型マーケティングが難しいのは、普通のマーケティングと同じように「成果」を求めようとすると、そこに矛盾が生じることです。たとえばSDGsでは「世界の貧困を解決しよう」といって、国連や世界銀行も30年かけて取り組んでいますが、貧困はなくなっていません。非常に時間がかかるので、社会課題を“目的”とすると、解決できないという矛盾が生じるのです。
ただ、「社会に貢献する」「課題解決に注力する」というブランドパーパスがあれば、それに寄り添うことで、間接的に社会課題解決することは、不可能ではないと思います。精神論になってしまいますが、企業の垣根を超えて業界全体で課題に取り組んだり、投資家や市場へのアピールになって、巻き込んだりすることで、流れは変わるでしょう。
その点で面白いのは、先ほど新井先生が指摘したように、「人間は興味がないことは頭に入らない、意識は変わらない」という点で、そこをうまくマーケティングコミュニケーションで変えていくことは必要だと思うんです。実際、パタゴニアのパーパスも、達成しようとすれば、企業だけでは無理で、消費者自身も変わる必要がある。ステークホルダー全体で「やっていこう」という動きがあって、それに賛同するファンを作っていくのも、マーケティングといえますし、その裏にはパーパスがつながっている、そんな状態が必要だと思います。