バロックジャパンリミテッドの成長を支えるニューリテール
――「MOUSSY」「AZUL BY MOUSSY」などのアパレルブランドを展開されているバロックジャパンリミテッドでは、2019年4月に新たな5カ年の中長期計画を策定され、2020年よりマーケティングDXの実現に取り組まれていると聞いています。その背景について教えてください。
柴田:当社が掲げる「GLOBAL NEW RETAIL 1stステージ2024」では、「ニューリテール時代にふさわしいバロックの変革・挑戦を実現していく」ことを目標に、データの蓄積や分析・活用、ブランド強化、グローバル展開を推進しています。
その中で、重要なキーワードとなっているのが、“ニューリテール”です。その背景には、事業を取り巻く様々な環境の変化が関わっています。
たとえば、EC化がアパレル業界でも急速に進んでいることに加え、新型コロナウイルスの影響もあり、ECはこれまでの店舗の補完的な役割から、消費者が自分のニーズにあわせて使い分けるものに変わっています。
そうした変化を受け、オンラインとオフラインを融合させたニューリテールの形で事業構造を再構築しなければという課題を抱えていました。そしてこの課題を解決していくためにも、マーケティングDXが急務だと考えています。
また、従来の「店舗増加=売上規模拡大」というセオリーも通用しなくなっていたので、SPA企業としてこの先も利益確保していくためにも、サプライチェーン全体の改革が求められる状況に対応していく考えも込められています。
そこでいうと特に在庫コントロールの問題は大きかったので、計画の初年度すぐにRFIDを導入し、そこから得られる在庫データの把握と活用を始めていて、物流および店舗運営の効率化を推進していきました。
ブランド横断での購買行動を促すことが課題に
――マーケティングDXを推進する上で、当初何を課題と感じていましたか。
柴田:中長期計画で定まった大きな方針の中で、自社ECサイト「SHEL'TTER WEB STORE(シェルターウェブストア)」の強化が決まったのですが、運用に際して色々なツールを導入してそれぞれで活用していたために、データやノウハウがばらばらに蓄積されていること、コストがかさんでいることが課題となっていました。
そこでツールの一本化と運用体制作り、費用最適化の観点からパートナーを選定し、結果的に現在の当社のフェーズに合ったブレインパッド様にお願いすることに決め、「Rtoaster(アールトースター)」を導入したというのがプロジェクトの経緯です。
――支援するパートナーの視点から、見えていた課題はありましたか。
松本:ユーザー軸でデータを見ていくという明確な方向性を定められていましたが、各ブランドの個性が強いために、ブランドごとにユーザー属性が偏っていることが課題となっていました。「SHEL'TTER WEB STORE」でのLTVを高めていく上では、各ブランドを横断した購買行動を促す必要があるため、そこがバロックジャパンリミテッド様にとって大きな挑戦になると感じていました。
運用体制面では、データを見るための基盤整備をはじめ、運用に向けた人的リソースの確保が課題だと思いました。
マーケティングDXに欠かせない「共通言語」とは
――課題解消に向けて、どのようなことから進めていったのでしょうか。
柴田:まずは、データ活用に関するチームのリテラシー向上に向けて、ブランドとEC部門のコミュニケーション体制を変更することから始めました。
我々の所属するEC事業部は各ブランドを横断する組織であるものの、当時ブランド事業部との連携が上手くできていない状況でした。
そこでタイムリーに数字が見られる状態を作り、EC事業部がそのデータを共有しながらブランド事業部とともに、各ブランドの売上を上げていくことで、納得感を与えながらECでの施策を自分ごととして感じてもらおうと考えました。
久保木:その上で欠かせなかったのが、“共通の物差し”でした。
久保木:たとえば、「PV=お店に来て服を手に取ってくれた人の数」「CV=レジまで来てくれた人の数」、という風にマーケティング用語をかみ砕き、店舗担当者でもわかるようなコミュニケーションを意識しました。
評価指標に関しても細かく設定し、どういう計算式で導き出されているかを共有することで、売上の要因をデータで確認できる体制を整えてきました。
それによって、以前は「この写真がかっこいい」などと直感的にクリエイティブで勝負してきたところがありましたが、最近は売上の要因から議論できるようになりました。そのため、データをもとに「売上につながるクリエイティブ」を考えられるようになったことは大きな変化だと評価しています。
松本:マーケティング用語は人によって定義が異なるケースが多いです。そのため、社内の共通言語を作るというのは、マーケティングDXを推進する上で非常に重要なことだと思います。
今回のプロジェクトでも、立ち上げ時期の多くを共通言語のすり合わせに割きました。ここが明確になっていないと、施策をやったときに何で効果が出たのか、出なかったかの分解が上手くできず、データを用いた各ブランドとの連携ができません。PDCAを効率的に回すためにもこの部分の準備をしっかりとしておくことが大事になります。
全ブランドを統合した会員基盤を構築
――チームのリテラシー向上以外にも、データ活用基盤を整える上で実施された取り組みがあれば教えてください。
柴田:2021年3月に、SHEL'TTER WEB STOREで取り扱っているブランドを統合した会員基盤を導入しました。
これまですでに、「SHEL'TTER PASS」という各ブランドをつなぐアプリを3年ほど前から提供していたので、店舗とECで誰がどう買っているかを追えるベースはあったものの、それを追う仕掛けや組織はなく、データがただ溜まっている状態が続いていました。
それが今回基盤を統合したことによって、会員ランクに基づいてベネフィットを提供することが可能になったので、今後はEC、POS、RFIDの取得データからお客様の動向を分析し、パーソナライズされた個別コンテンツを届ける施策に落とし込んでいく段階に移っていく予定です。
現在は、ユーザーデータに基づいたマーケティングの準備まで完了した段階といったところでしょうか。店舗もECもよりユーザーに注目したマーケティングに進化させるべく、ブレインパッド様と議論を重ねています。
久保木:基盤が整ってからは、店舗のお客様をECに、ECのお客様を店舗へと誘導するための訴求方法を様々な形で検証していこうと考えています。
柴田:これまで単一ユーザーが長期的にリピートしてくれているかという指標がなく、グロスの売上が重要指標でした。データが取得できるようになってきたことで、ブランド担当だけでなく全社的に新規ユーザーの獲得状況、リピーターの割合や特性なども見ていけるようになりました。キャンペーン施策の評価もより明確にできました。データで共通認識を持てることで、各ブランド担当が同じ目線で考えられ、そのハブ機能として、EC事業本部が機能できたのでは、と感じています。
伴走することでバロックジャパンリミテッドの理想を実現
――約1年をかけてマーケティングDXの準備体制を整えてこられたと思いますが、DXを推進する上で、伴走するパートナーの重要性を感じる出来事はありましたか。
飯村:ECを運用していく中で、日々流動的にこちら側からの要望が出てくるのですが、ブレインパッド様はそれを即座に吸い上げ、施策に落とし込むために最適な方法は何なのか提案してくれています。
今回の会員統合に関しても、我々が作った企画骨子に対して実現するためのアドバイスをブレインパッド様にしていただけたので、非常に助かっています。
柴田:デジタルマーケティングに関して多くの知見をお持ちなので、課題に対して、何をすべきかの論点が出てくるスピードがとても早いですね。検証データを用いながらサポートいただける点も助かっています。
松本:プロジェクト開始から週1回定例会を設けているのですが、その都度バロックジャパンリミテッド様と細かなコミュニケーションができていて、理想的な関係性が築けています。
久保木:施策のチューニングも緻密にご対応いただいています。たとえば「SHEL'TTER WEB STORE」では、スタッフのコーディネートをレコメンド表示しているのですが、その表示の仕方も単純に新作や売れ筋商品を出すのではなく、特定のスタッフのこのコーディネートといった人軸での表示ができないかと依頼をしました。このような依頼に対しても、適切な形で対応いただいています。
店員接客の良さをECに持ち込みたい
――最後に、皆さんの今後の展望を聞かせてください。
久保木:新会員制度も整備できましたので、それを生かしてよりブランドのファンがECサイトを使って購入してくれるような施策を、当社の強みでもあるブランド力を出せるいい塩梅で行っていけたらと思っています。
ブランドごとにナーチャリングできるようになったので、セールのアナウンスだけでなく、通常金額の商品をいかに売っていくかにチャレンジしてみたいです。
飯村:個人的には、店員接客の良さをECに反映させるということに挑戦していきたいと思っています。店舗のスタッフがお客様を見てその人に合った商品をおすすめできるように、ECでの最適なレコメンドが、そのお客様にとって買いたくなる商品を提案してもらっていると感じられるようなシステムを構築していきたいです。
松本:バロックジャパンリミテッド様が実現しようとしている、科学的な接客はお客様の深い理解なしにはできず、簡単な取り組みではありません。
顧客データもどんどん整いはじめ、顧客理解をする土台ができてきたので、DX推進のパートナーとして、そこは今後もしっかり支援させていただきつつ、さらに良くしていきたいと考えています。
顧客理解を進めることで、冒頭で柴田さんがお話しされていたように生産や在庫の最適化というPOSデータだけでは理解しきれないことが沢山見えてきます。そのように将来を読む力としてデータを活用できる構想を練っています。
柴田:データは持っているだけでは意味がなく、それをもとにどうアプローチしていくかが大事なのは言うまでもありません。コンタクトポイントは揃ってきているので、あとはどう効率的に施策に活かしていくかを考えていきたいです。
また、今蓄積・統合しているデータを活かしてお客様を可視化できる環境というのをさらに進めていき、全社に情報共有できるようになることで社員の意識も変化し、色々な業務改善にもつながっていくはず。
その情報共有の役割を今はEC事業部が担いつつ、最終的に誰が回してもユーザーをファン化できる業務体制を築いていけたらと思っています。それに向けてKPI指標などの整備も行っていくつもりです。