収益源と投資先の変化
一方で印刷版とデジタル版での「広告料収益」の推移に着目すると、実は2020年の広告料収益はデジタル版も伸び悩み(前年比13%減)、さらに印刷版の広告は激減している(前年比40%減)。
この広告料収益の落ち込みを予期しつつ、見事にデジタル版の購読収益の増加でカバーしている。NYTの収益主体は、かつては6割以上を広告料収益に頼る事業モデルから逆転し、「有料で記事を読む」事業モデル(現在はこちらが7割)に移行済だ。
さらにNYTは、コンテンツへの注力だけでなく、テクノロジーへの投資も積極的だ。同社のアニュアルレポートによると、2020年にニュース・ポッドキャスト「TheDaily」などへの多額の投資を実行し、ポッドキャスト制作会社「Serial Productions」や長編ジャーナリズムの記事を音声化する「Audm」を買収している。
日本ではZoomやClubhouseばかりに目が行きがちだが、NYTは広告やターゲティングに依存しないDirect-to-Consumer(D2C)の分野における「音声」へ投資する戦略が目立った。紙や活字の出身であるNYTは既に映像部門への投資が完了し、音声にも視野を広げたのは日本市場でも何かのヒントになる。音声が要注目という単純な理解ではなく、自社の顧客に向けた「外向き」のつながり方を模索し、投資している様子に注目する。
日本の「DX病」の足かせ
ところで「Digital Transformation」や「DX」という単語は、NYTのアニュアルレポートには一度も登場しない。ちなみにApple、Amazon、Netflixにも同様に登場しない。これらは「和製英語」に近く、日本固有の「この法則に従っておけば安心」と考える「内向きな」概念だ。
NYTをはじめ、AmazonやNetflixなどの勝ち組の共通点は、今までに見なかった外向きの新サービスや価格設定の提供である。自社に対しての内向き発想による「DX推進」ではなく、外の顧客に対して「これ作ってみました、いかがでしょう!」と提供するスタンスだ。
今一度周りを見回して欲しい。「データを利活用しろ」のDXの号令のもと、社内活性化や管理のために導入したシステムやプラットフォームが、サイトの0.5秒の遅延など、逆にユーザーに不便やストレスを与えていないだろうか。あるいは「顧客データの一元管理」「リアルタイム状況把握」「ダッシュボードの共有化」などの社内理由によるDX推進のために、ユーザーに気持ち悪さや不都合を起こしていないか。
DXの標語が声高に叫ばれている状況は、何か見ている方向に大きな穴がありそうだ。NYTの動きからは、新しい顧客や外向きの、読者側に向けた新しい利便性や驚きを常に提供している姿勢を感じる。そこには「Investment」という表現が多く使われ、リスクを取る覚悟が見て取れる。
