マーケティングには「物語」の力が必要
今回紹介する書籍は、『ナラティブカンパニー―企業を変革する「物語」の力』。著者は、PRストラテジストの本田哲也氏です。
本田氏は、1999年に入社したフライシュマン・ヒラードを筆頭に、PRを専門領域としてキャリアを重ねてきた人物。P&G、サントリー、トヨタ、資生堂など大手企業の担当実績を多数持ち、「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人(『PRWEEK』誌)」にも選出されています。
本書のテーマは、「ナラティブ(=物語的な共創構造)」です。時代に応じた企業変革、マーケティング戦略に欠かせないものとして、前半ではナラティブの概念を整理し、国内外の成功/失敗事例を紹介しながら「なぜマーケティングに物語の力が必要なのか」を解説。後半は、「ナラティブを実践する5つのステップ」を軸に方法論を語っています。
「パーパスドリブンマーケティング」や「コンテクスチュアルターゲティング」など、マーケティングにおいて“想い”や“一貫性”、それを示す“ブランドのストーリー”が重視される昨今。従来業界で重要視されてきたストーリーと、本書で本田氏が取り上げるナラティブにはどのような違いがあるのでしょうか?
「ナラティブ」と「ストーリー」は似て異なる
本書で本田氏は、混同されがちなナラティブとストーリーの違いを次のようにまとめることで、ナラティブの定義を明らかにしています。
ナラティブ | ストーリー | |
---|---|---|
演者 | あなた(生活者) | 企業やブランド |
時間 |
・常に現在進行形 ・「これから起こること」を含めた未来の話 |
・始まりと終わりが存在する ・起承転結型 |
舞台 | 社会全体 | その企業が属する業界や競合環境 |
あくまでブランドが軸になっていたストーリーと違い、ナラティブでは生活者が中心となり、現在や未来に重きが置かれ、また業界内に縛られない社会全体を舞台とした共創を意味しています。
コロナ禍でマルチ化する「共体験」
一見、従来の企業のマーケティング活動からは遠ざかった概念にも感じられるナラティブが、なぜマーケティング活動において重要な意味を持つのでしょうか?本田氏はナラティブが重要となる理由を、コロナ禍に起こった3つの変化とともに解説しています。
1.「共体験」価値の高まり
2.「社会的距離」の見極め
3.「自分らしさ」が問われる
(p.35)
スポーツ観戦や音楽フェスのように「同じ空間で、同じ時間に、同じことをする」ことで行われていた共体験は、コロナ禍によって「分断」と「細分化」が加速。オフラインで行えなくなったことで共体験の価値は高まり、同じ関心を持つ人たちがそのグループごとにSNS上で体験を共有しています。
企業がこのような「マルチ化する共体験」に対応し、特定のターゲットに向けて共体験をデザインするために、ナラティブが効果的なのだと本田氏は語っているのです。
ナラティブな共体験デザインの成功事例として本書の中に紹介されているのが、大塚製薬「ポカリスエット」のテレビCMです。
97人の学生が各自のスマートフォンで自撮りした歌唱動画を集めて制作された「ポカリNEO合唱」篇。同CMは「渇きを力に変えてゆく。」というキャッチコピーの力も相まって、休校となってしまった中高生の共感を呼びました。中高生という特定の集団内でデザインされた共体験は、結果的に巣ごもりを余儀なくされていた多くの視聴者の心も動かしたといいます。
また本田氏は、ソーシャルディスタンスという新たな生活様式の登場により、多くの企業が顧客との「社会的距離」、新しい“間合い”の取り方を模索していることにも言及。この変化においてもナラティブ、つまり社会全体を舞台とした物語の共創構造は、ブランドと生活者の心理的な結びつきを維持すると論じているのです。
加えて、生活者が透明性を志向し、企業・ブランドに「裏表がないありのままの姿」を求める風潮も、最近になって生じた変化だと述べます。ナラティブを形成するのは企業の行動にほかならず、その起点にある「企業・ブランドの信念と行動の一貫性」を示すことにおいても重要と主張しています。
可変的なキャンペーン設計が重要
本書の後半では、「ナラティブを実践する5つのステップ」を中心に、具体的なプロセスや手法が語られています。
STEP1.パーパスの設定:ナラティブの「起点」を決める
STEP2.パーセプションの形成:ナラティブの「目的」を明確にする
STEP3.ナラティブスクリプトの作成:ナラティブを「描く」
STEP4.マルチエンゲージの展開:ナラティブを「共創」する
STEP5.効果の測定:ナラティブを「はかる」
中でも注目したいのは、STEP4にあたる「マルチエンゲージの展開」です。本田氏はこの節で、ナラティブが「共創」を前提とした概念であること、つまり「企業やブランドだけが孤軍奮闘しても具現化できず、消費者やステークホルダーを物語に巻き込んで共に紡いでいくもの」だと強調。その上で、取り組みの鍵となるのが「マルチ化」なのだと述べています。
具体的には、異なる価値観を持つ「ターゲット」のマルチ化、それらに応じた「メッセージ」のマルチ化、そしてリアル/バーチャル、オフライン/オンラインといった「タッチポイント」のマルチ化です。
それらを理解し、「どのような価値、アイデンティティを共有するのか」という共有価値の明確化をすること。それが、企業主体・ブランド主体のストーリーからナラティブへ飛躍するためのアプローチであると本田氏は提示しています。
さらに本田氏は、「可変的なキャンペーン設計」もナラティブ実践のポイントとして列挙。広告出稿やパブリシティ・プランには計画性が必要な一方、先が見えない時代には社会情勢や消費者の価値観が変動することを前提とし、企業・ブランドは可変的なキャンペーンを以てそれらに対応していくべきだと語っています。
本書のあとがきには、ツール先行で進められがちなDXやマーケティング施策への示唆として、映画監督であるジョージ・ルーカスのひと言が引用されています。
「物語を伝えるためにツールを使っているんだ。ツールを使うために物語を伝えているんじゃない」(p.272)
各社でDXが推進される昨今。新たなツールの導入を検討する前に、この本を読んで御社の「ナラティブ」を見つめ直してみませんか?
本記事は東洋経済新報社からの献本に基づいて作成しています