解説:リアルを無視した「ドリーム」の押し付け
昨今、若者たちが「夢」に押しつぶされていく実態は「ドリームハラスメント」として名付けられています(出典:『ドリーム・ハラスメント「夢」で若者を追い詰める大人たち』)。現代の若者は、大人や社会が「夢を持たせよう」とすることをハラスメント(虐待)と感じているそうです。
また、法政大学キャリアデザイン学部教授の児美川考一郎氏は、フリーターやニートの増加を、若者たちの「自己責任」にしたい大人たちが、「夢」を持たせれば、それが働く意欲の回復につながると夢想したからだとも述べられています(出典:『無理ゲー社会』)。
これは女性にも当てはまる部分はあり、全ての女性に対して「働くこと=自己実現」であるという意識の押し付けは、世界的に見ても高いジェンダーギャップがある日本の現状や、その他の様々な日本特有の社会背景を考慮すると、無理を強いられているように感じることへの理解は難しくないと思います。
若者のあるべき姿や、女性の理想の働き方が「夢」や「自己実現」を前提に、「キラキラ」「ハツラツ」等の言葉でメディアに溢れた時、各個人がおかれている現実(リアル)と、その言葉の表す理想にギャップに感じた結果、押し付けとして違和感に繋がるケースが多いのが実態なのではないでしょうか。
「現状(リアル)に対して共感を得る」のためのインサイト
範囲の広いダイバーシティの課題について、今回は、女性のキャリア支援と学生向けのキャリアデザイン教育を行っているスリール株式会社の堀江代表に、特に働き方を中心として「女性」「Z世代」に関するお話を伺いました。
企業が応援メッセージを両対象に送る際に、炎上の共通因子として考えられることとして、発信側の「受け手のリアルを無視した押し付け」が挙げられました。ここでは、対談内でも上がっていた一つのキーポイントである「現状(リアル)に対して共感を得る」ためのインサイトを、女性・Z世代、双方のポイントから考察します。
【女性】理想へのエンカレッジではなく、リアルへ寄り添う
対談内でも堀江氏から「特に女性に関しては、当の女性自身が、自らの固定観念で作り上げられている」といったお話がありました。無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)では、女性は特に「インポスター症候群」に陥りやすい傾向があることが様々な文献から提示されています。
インポスターとは英語で「詐欺師」や「偽物」などを意味します。インポスター症候群の人は、「自分に能力や実力があるかのように、周囲を欺いている」という感覚に陥っていて、自己評価が低い傾向があるとされています。
では、なぜこのような感覚に陥るのか。もちろん個人それぞれのバックグランドは大きく影響しますが、社会としてそこに影響を与えている現状(リアル)は何なのか。企業側はそのリアルにまずは丁寧に寄り添うことが、共感のための第一歩になるように思います。
実際にリアルに丁寧に寄り添った事例としてPOLAのCMをご紹介したいと思います。
「この国は、女性にとって発展途上国だ。」「この国には、幻の女性が住んでいる。」「この国では、2つの顔が必要だ。」この3つのコピーを中心とした3部作のCMには、理想の押し付けはなく、ひたすらに女性の働く現状(リアル)を、その表情や場面を通して丁寧に表現しています。
「これは今(リアル)の私だ」と共感を得た人は多かったように思います。一方、女性だからという理由で、パイを投げられているような現実でも立ち上がり、「男も女もない」と笑顔で言わなければいけないという理想のメッセージは、大切な「現実への寄り添い」がすっぽりと抜けたものになっていることは否めないのではないでしょうか。
【Z世代】デジタルネイティブ特有の「つながり」の矛盾と「孤独」のリアルを見つめる
マッキャン・ワールドグループが発表した、「TRUTH ABOUT GENZ IN JAPAN~日本のZ世代の真実~(PDF)」では、「スマホが発明されなければよかった」と感じる人はZ世代が34%で最多となっており、更には53%のZ世代が「友人や家族といても孤独を感じる」と回答しています。
Z世代は、デジタルネイティブ世代でもあり、SNSなどネットを通じた他者とのつながりが多いはずですが、その「つながり」には矛盾があり、実は最も孤独を感じている世代であるということが調査結果から示されています。そこからも、Z世代のイメージについては、堀江氏からも指摘があったように、大人が抱く、デジタルを駆使したポジティブな側面に偏った先入観で判断することは、彼らのリアルを汲み取れないことにも繋がっているように感じました。
Z世代に関して、特に日本の特徴に目を向けたときに、ジェンダーやセクシャリティといった社会問題に6割近くが違和感を持っている一方で、自らアクションを望むことを求めていないこともわかっています(「抗議活動に参加したことがある」Z世代は世界平均19%に対し日本では1%)。そして、「自分を安心させてくれるブランド(企業)が欲しい」傾向はパンデミックによりますます高まっており、87%(世界平均:76%)に達しています。
多様性への肯定は強いけれども、個人の社会に対するアクションへの強い躊躇。そのZ世代の心理的傾向を前提に、真の「つながり」と「安心」を求める企業への要望が高まっている現状(リアル)を、まずは、若者は「こうである」「こうあるべき」との先入観を外し、見つめる必要があるように思います。
リアルを見つめる勇気
デジタル化によってドラスティックに変わっているコミュニケーションと新たな課題、そして多様化・複雑化する個人との関係に当惑している企業は多いと思います。改善しないジェンダーギャップ、パンデミックによって広がる不安、孤独。変わらない社会へ対する個人の「諦観」は、改善を望む当事者や若い世代の方が強く抱いているように、今回紹介した調査結果などからも感じました。
ジェンダーギャップ克服を行動経済学の観点から提案する『WORK DESIGN』の著者であり、行動経済学者のイリス・ボネット氏は、変革のために有効な行動デザインには(1)データ(2)実験(3)標識が必要であると述べています。当たり前ですが、データを見るためには、様々な角度からまずは現実(リアル)を見つめ集める必要があります。そのリアルが抜け落ちた場合には変革のためのデザインは難しいのです。
何かを良き方向へ導くためのコミュニケーションには、まずは前提に現状(リアル)を見つめる勇気が必要であるように強く感じます。そこには、現状を無視した押し付けが有効と判断する人は少ないはずです。そのうえで、「影響力を持つ勇気」に目覚めた個人や企業が、新しい世界のための変革を牽引していくことを願っています。
