顧客をよりよく捉えるため、オリジナル指標の開発も
こうしたアクションによって、サイカで何が起こったのか。わかりやすい変化としては、NPSのスコアが思い描いていた目標値を超えた。合わせて顧客企業からは「MAGELLANで自社の文化が変わった」といった声が届くようにもなった。
ビジネス上の様々なパラメーターにも改善が見られた。すべての数値が一斉に改善したのではなく、そこには順序があったという。はじめに変化が現れたのはCS部門で、課題だったリテンションレートが改善した。これにより、見込み顧客に対し“顧客の成功事例”を訴求できるようになり、マーケティング部門において商談数が増加。フィールドセールス部門においても、同じく成功事例を訴求できるようになったことで、商談のCVRが上昇していった。一連の変化を通じて、平尾氏もようやくPMFを実感できた。
定性的な変化としては、プロダクトの価値が定まり、セールスやマーケターが価値を訴求しやすくなった。他には、CS部門の頑張りも影響してはいるものの「セミナー登壇や事例インタビューの依頼に応じてくれる顧客が増えた」(平尾氏)という。
サイカの体制はPMF後もさらにアップデートされている。たとえば当初は顧客の満足度を測る指標としてNPSやPMFスコアといった既存のものを組み合わせて活用していたが、中にはこれらの数値が悪くないにも関わらず、継続利用に至らないケースも出てきた。
継続する顧客と、解約してしまう顧客は何が違うのか。その差分を1つずつ確認しながら最適な指標を追求していった結果、オリジナルの指標が開発でき、現在はその指標を用いて顧客の“健康状態”を把握しているそうだ。

PMFに終わりはなく永遠に追い続けるもの
最後にMAGELLANでの実体験も踏まえ、平尾氏が考えるPMFのポイントについて聞いた。
「もっとも大切なのは『答えは顧客にある』ということです。その上で具体的なポイントとしては3つあります。1つ目は徹底的に顧客に向き合い、顧客の実態を掴むための体制を作ること。2つ目が一般的に成功するとされているモデルを鵜吞みにしないこと。そして3つ目がPMFは終わることがなく、永遠に追い続けるべきものであるということです」(平尾氏)
平尾氏自身、MAGELLANを筆頭にプロダクトを成長させる過程で、結果的に業界のセオリーとは異なる方法を採用することが度々あった。オリジナルの指標を開発し、時には“SaaSの王道”と別の道も進んできた。SaaS企業にとってはおなじみの「The Model」も、自社に合うかたちへと改良した上で運用している。
「もちろん既存のモデルにはものすごく参考になるものも多いですが、そこだけに囚われると失敗してしまう要因にもなります。まず顧客に答えがあるという考えをベースに置いて、その上でいろいろなモデルを適用していくのが重要です」(平尾氏)
また、時間の経過とともに顧客も競合も変わっていく。だからこそPMFは一度達成すればそこで終了するものではなく「永遠に追い続けるもの」だと平尾氏は話してくれた。

取材後記
「徹底的に顧客に向き合い、顧客の実態を掴むための体制を作ること」。最後に平尾氏から出た言葉だが、これを徹底できている組織はどれぐらいあるだろうか。
顧客理解・顧客視点の重要性は様々なところで語られるが、「言うは易く行うは難し」で実行できている組織はほとんどないのが実態だろう。
以前、あるマーケター向けのイベントに登壇した際、「顧客に会ったことがあるか?」を挙手してもらったところ、100名近い参加者のうち20名ほどしか手が挙がらなかったことがある。約8割のマーケターが顧客と会わずにマーケティング活動を進めていたのだ。よほどの天才マーケターでない限り、顧客と会わずに顧客理解を深め、顧客視点を持つことは難しい。
平尾氏は「顧客と徹底的に向き合い、顧客に近い人間を重んじる」という文化を作る過程で『短期的には良いことばかりではなく、チームを離れるメンバーもいるなど苦しみも伴った』というが、その痛みを乗り越え、顧客起点の組織やプロダクトを作っていった過程には貴重な学びがつまっていた。
サイカのPMFまでの歩みは、顧客に向き合う組織を作ろうとするすべての起業家・事業責任者・マーケターに勇気を与えるストーリーだろう。(才流 栗原氏)