マーケターや企業には“知る”責任がある
白石:マジョリティの中にいると、自分がマジョリティだとほとんど意識しないですよね。
澤田:そう。息子の障がいがわかってから、子育てのヒントを得たいと思って障がい当事者や家族の方、障がい者を雇用している経営者の方など200人ほどに会って話を聞いたんですね。そうしたら、いかに社会のルールが自分というマジョリティ向けに作られているか、よくわかりました。それによって双方の格差やマイノリティの機会損失が生じ、QOLの低下につながっていたのです。
仮に僕が読売ジャイアンツの選手だったら、この社会はホームである東京ドームです。かたやマイノリティの方々は別のチームの選手で、毎日ジャイアンツファンの声援を聞きながら、アウェイで戦わされているようなもの。まして影響力のある企業やメディアなら、なおさら現状を自覚しないといけない。
それが、たまたま自分のために整備された社会で、だったら今度はそうではない人たちの社会形成の力になりたいという僕の活動のスタート地点になっています。
白石:マジョリティ優位の社会構造の自覚も含めて、同じ社会にいる以上、企業は多様な視点や現状を“知る”責任があるようにも感じています。というのは、DE&Iをバズワードのようにとらえて、なぜ推進しないといけないのか、きちんと向き合っていない企業が多いように感じるんです。マーケターが「知る責任がある」と思うきっかけを作るには、何が必要だと思いますか?
澤田:僕の場合は息子をきっかけに、知る責任を自然と持てたわけですが、当事者から遠い立場だと“知る”って重いですよね。面倒くさくもある。知った以上、何かアクションを起こさないといけないと感じるのも、最初の一歩を躊躇させていると思います。
その場合、もっと知りたくなるように好奇心を刺激する接点や情報の切り口を設けて、グラデーションでだんだん知ってもらえれば……と、自分の活動では心がけています。
一人の“弱さ”を起点にする「マイノリティデザイン」
白石:冒頭のパラリンピックの事例でも挙がった「対話」も、当事者を知ることにつながると思います。実際に澤田さんが手掛けた企画として、2015年に始められた「ゆるスポーツ」が有名ですが、これも当事者の方との対話から生まれていますよね。そもそも、どうして生まれたのかを少しうかがえますか?
澤田:息子をきっかけに障がいを持つ方の世界を知り、特定の“弱さ”が発明の種になったり、社会の拡張に結びついたりすることがあると知りました。そして自分のコピーライターやクリエイティブディレクションの経験を生かして、視覚障がい者や義足ユーザーとのプロジェクトに関わったりしていたんですね。その過程で、一人が抱える弱さを起点に皆が生きやすい社会を作る「マイノリティデザイン」という概念にたどり着き、書籍の執筆にもつながりました。
で、僕自身にも実は“弱み”があって、とにかくスポーツが苦手なんですね。僕はスポーツのマイノリティなのだと捉えると、じゃあスポーツもその観点でデザインできるのでは? と思ったことが、足が遅くても力が弱くても誰でも楽しめるゆるいスポーツ、「ゆるスポーツ」の発端でした。直近では、7月に新たな種目「500歩サッカー」を発表したところです。