社内であわや炎上、Visual Identityの改定
ここまでの話を聞き、実践に成功した事例は良いが、実際にはどうだったのか? と感じるかもしれない。「少し裏話的なところも含めてお話ししたいと思います」と石川氏はインナーブランディングの実態に触れる。
「従業員一人ひとりがNECブランドの体現者です。ですから、インナーブランディングでは、約12万人の社員全員がNECを体現するために愚直な取り組みを行っています」(石川氏)
その一つが、森田社長からの情報発信だ。中期経営計画の発表といった社外向けの発信はもちろん、トップが本気になっているという姿勢を毎月のタウンホールミーティング(対話集会)などを通じて伝えている。
続いて、石川氏は社内浸透の実践におけるポイントとして、ロジック・12万人(2022年時)全員・真摯に向き合うことの3点を挙げる。講演では2020年にパーパスにあわせ「新しいNECらしさ」として改定されたVisual Identityの浸透が例に取り上げられた。
NECを含むテック企業の特徴かもしれないと前置きをしつつ「ブランドに関わらず、社内に何かを浸透させる場合、ロジックが重要視される傾向にある」と石川氏。どのような立て付けで、どのような内容で、なぜそうなったのかが揃っていないと受け入れてもらえないという。
Visual Identityの変更の際にも、その必要性や今実施する意味について社外環境やNEC自体の変化をロジカルに提示し、色合いやグラフィックエレメントについても、パーパスに触れながら意図を伝えた。
ロジックに基づき社員12万人全員が体現者になるように、従業員のPCの環境に左右されないカラーやフォントをデザイナーとともに設定していった。数々の調整を経て決定したカラーやフォントだったが、リリース当日から社内SNS経由で多くの意見が寄せられたという。
特に多かった意見が『誰にでも見やすく、社外的に推奨されているUDフォントをなぜ選んでいないのか?』だった。さらにその意見を分析していくと、『パーパスに沿っていないのではないか』という指摘であることに石川氏は気が付いた。
実はUDフォントは検討の俎上に上がっていたが、リリースタイミングでは社員のPC環境によっては使用できないことがわかったため採用を断念していた背景が合った。しかし、意見を受けたことから検討を再開。問題解決の目処がついたため、社員の声に応えてUDフォントを追加した。
「真摯に向き合うことが社内浸透にも、パーパスを実践してもらうためにも重要だと改めて認識しました」(石川氏)。
そこで、社内からの問い合わせにはすべてきちんと対応するとともに、問い合わせが多い内容・社員と齟齬が発生している部分は改訂したり、社内への説明会を開催したりして、Visual Identity改定の理解者を増やしていったという。
社内の誰もが理解できる表現が重要
「ニュートラルな視点、押し付けないことも大事だと思います」と石川氏。
先程のフォントの話もそうだが、事業領域が広いと様々な声が上がる。特に顧客接点からのニーズに応えられる余地を残すことが大切だ。
また、中途採用者など人材の多様性にも考慮する必要がある。誰にでもわかる表現で説明・回答する重要性は大きい。社歴が長くなるとブランドとはこういうものだ、と言外での共通理解が形成されがちだ。だが、その思いを押し付けずに広く伝えるためには、表現に気をかける必要がある。石川氏は新入社員にガイドラインを確認してもらうことで、表現を改めた部分もあるという。
「パーパスの背景をしっかりと伝えることで理解・共感を促し、社歴や役職に関わらず実践ができるのだと思います」(石川氏)
ブランディング活動の位置付けが経営戦略に変化
今回、石川氏が解説した取り組みは、これまでマーケティングコミュニケーション戦略の一環だった。しかし、NECでは2022年度からブランディング活動が経営企画・経営戦略の一部として位置付けられたという。
「経営資産としてのブランド、非財務価値としてのブランドをどう高めるかを意識しながらブランディング活動を進めています」(石川)
パーパス経営として、戦略と文化の中にパーパスを落とし込むために一貫したメッセージングを進めている。その一つが、「Truly Open, Truly Trusted」というキーワードの発信だ。
2030年にパーパスがどのような形で実現しているかという「2030VISION」に基づき、2025年までに事業として何をするかという中期経営計画が進行している。この中期経営計画の達成を見据え、今NECが何を行うかをキーワードとして示したものがCEOメッセージ「Truly Open, Truly Trusted」だ。
このキーワードをもとに、NECは何ができるのか、NECは何を考えているのか、社内外に伝えていくという。
NECのコーポレートブランディングの軌跡と奮闘、これからがわかる講演となった。