データを正しく読み解き、活用するための取り組み
富田(SAP):今日では多くの企業がデータ活用に取り組んでいます。しかし、データは見方を誤るとまったく違うものになりかねません。データを正しく読み解き、分析・活用するために取り組まれていることはありますか?
則末(オートバックスセブン):当社では、全社横串のデータマネジメントセンターを設置しています。様々な部門を連携させながら、データの正しさやお客様への提案の仕方を確認し合う組織です。座長は私で、各部門のメンバーに集まってもらっています。中にはデータ分析に長けた者もいますが、人材育成もこの組織のミッションの1つです。
富田(SAP):数見さんはいかがでしょうか。BtoBtoBのビジネスモデルを基本とするトラスコ中山さんでは、真ん中のBを飛び越えてエンドユーザーのBのデータを入手することは商習慣的に難しいように思えます。
数見(トラスコ中山):当社の場合、もともとデータを貯めようとしていたわけではありません。業務効率化のため、ITを活用せざるを得なかったのです。その結果、どんどんデータが貯まり「このデータを分析・活用すれば、さらにお客様に還元できるのでは?」という流れになりました。これは販売店様向けの話です。
数見(トラスコ中山):エンドユーザー様に対しては、タッチポイントの1つとして「MROストッカー」などを活用し、どの方がいつ、何を購入したか見ています。当社は卸売業ですが、販売店様や販売店の支援企業様に対してエンドユーザー様の情報をシェアすることで、バリューチェーン全体に良い影響を及ぼしたい考えです。
数見(トラスコ中山):データ分析担当者は、社内に分散して配置しています。デジタル推進部にあるUXプラットフォームという部門のほか、物流部門や商品部門にもデータ分析の専門チームを設置。デジタルの中だけに閉じ込めてしまうともったいないため、幅広い領域でデータの活用方法を考えています。
本質的なアジャイル開発に必要なこと
富田(SAP):データ活用の目的の1つに、スピードの向上があります。DXの責任者でいらっしゃるお二人に「CXはDXに含まれる」という観点からお聞きしたいのですが、CXプロジェクトの手法もアジャイルになってきていますよね。それにともない、マインドセットや組織も変える必要があるとお考えですか?
則末(オートバックスセブン):アジャイル開発は当然必要になると考えています。内製化は避けて通れないでしょう。当社は外部のSIerの方に頼らざるを得ず、現時点で内製化に着手できていないため、まさに改善しているところです。
アジャイル開発を目指すにあたり、当社では「ビジネスアジャイル」という考え方を取り入れようとしています。これは、ビジネスサイドとIT部門が一緒の組織となって、ビジネスをアジャイルにつくり上げていく考え方です。「何か要件が決まりそうだから、何となくアジャイル」ではなく、ビジネスそのものをアジャイルにつくることが真のアジャイルであり、その際にキーワードとなるのが内製化だと考えます。
数見(トラスコ中山):則末さんのおっしゃる通りで、ビジネスサイドとIT部門の片方だけが良かれと思ってつくっても、ビジネスはうまくいきません。最近はジョブ型が主流になりつつありますが、当社ではジョブローテーション制度を採用しています。半分がジェネラリスト、半分がスペシャリストです。この体制でお客様の要望の本質に近いものをつくっていくことが大切だと思います。
アライアンスの組み方、活かし方
富田(SAP):オートバックスセブンさんもトラスコ中山さんも、産官学連携でアライアンスを組んでいらっしゃいますよね。どのようなアイデアから出発してアライアンスを決め、提携先を探されているのでしょうか。
則末(オートバックスセブン):「自社だけで実現できることはない」という前提に立っています。自動車整備技術が高度化していく中、我々だけでできること/できないことが自ずと見えてくるんです。「それならできるところと連携しよう」「我々が設備投資して、ほかと連携しながらビジネスを広げていこう」と。お客様が免許を取得して車を購入されてから、乗らなくなって免許を返納されるまでつながり続けたい。そのためにはどういう企業と連携する必要があるのか?という視点で考えています。
数見(トラスコ中山):スティーブ・ジョブズの言葉を借りて説明すると「Connecting the dots」ですね。当社はスタートアップ企業や名古屋大学と産学連携していますが、戦略的にアライアンスに持っていったというわけではありません。ネットワーキングやSAPのユーザー会など、外に出て様々な人と交流すると、良いつながりが生まれる気はします。良いつながりができると、良い人とまた出会えるもの。出会いの連鎖の中でアイデアをもらっています。人と出会うことでスパイラルができて、ある時それがパッと何かに昇華する。そんな感覚です。
ステークホルダーとの間に、コンフリクトが生じたときは?
富田(SAP):CXのプロジェクトには、営業やマーケティングなど様々なステークホルダーが関係しますよね。新しいことに挑戦する際、全員から「いいね」をもらうことは稀だと思います。お二方はコンフリクトが起きた時、関係者の理解をどのように得て、投資を決定されているのでしょうか。
数見(トラスコ中山):自分起点で様々なアイデアを出したり、やりたいことを実現したりできれば良いですが、実際は会社のトップから出たアイデアを現場の担当者が具現化していくことが多いのではないでしょうか。ここで大事なことは、単に言われた通りの対応で終わらせないこと。自分ごと化できなければモチベーションは上がりません。トップダウンであっても、自分のやりたい要素を少し詰めることで、モチベーションアップにもつながります。
富田(SAP):仕事を自分ごと化するにあたり、オリジナリティを出したり自分の意見を発したりすることはなかなかハードルが高いのではないでしょうか。
数見(トラスコ中山):当社は比較的寛容性があると思います。自分が「良い」と思うことは、上にお伺いを立てなくても実行してOK。仮に突っ込みを入れられても、あとはやるだけです。
則末(オートバックスセブン):当社では、まず社長と私が共感するところから始まります。アイデアは社長のトップダウンで生まれる場合もありますし、私からのボトムアップで生まれる場合もありますが、2人が「こういう世界を築けたら良いよね」と共感する必要があるのです。
大変なのは、理想とする世界をつくろうと実際に動き出した後です。漠然とした世界観では誰も理解してくれませんし、現場の担当者は自分の事業の売上や利益に集中しています。「その世界は自分の事業にどう貢献するの?」と思われるでしょう。相手の目線に立って「こういう世界が生まれると、あなたの事業にこんな良いことが起こります。やらないともったいないですよね」と、挑戦の意味に気づいてもらえるよう、靴底を減らしながら伝えていくしかないと思います。
リスクテイクや投資に対する考え方
富田(SAP):CXプロジェクトを進める際の懸念事項として「リスクテイク」が挙げられます。日本ではリスクテイクすることに対して、寛容になりきれていないのかもしれません。リスクテイクや投資について、お二方はどうお考えですか?
数見(トラスコ中山):当社の場合「よくあるやり方やアイデア」なら、なかなか投資には踏み切りませんね。「今はこういうトレンドだから、こっちに向かっていこう」とはなりません。トップに伝えても、おそらく「他社が既に行っていることを、なぜ今自社でやる必要があるのか」と返ってきます。大切なのは独創性や“おもろい”かどうか。いずれも簡単に言語化できませんが、それらを生み出す難しさを乗り越えられれば、前に進めると思います。
富田(SAP):確かにトラスコ中山さんは、ビジネスモデルそのものが独創的ですよね。勇気がないとできないビジネスだと思います。則末さんはいかがですか?
則末(オートバックスセブン):「新しい領域をつくるべく様々なことを試していかなければ、より良い未来はつくれない」という考えが社内のベースにあります。オートバックス事業はおかげ様で堅調で、今のビジネスを徹底して続けていても、それなりに維持はできるんです。ただ「それで当社のビジョン『2050未来共創』を実現できるか?」という投げかけがあります。
則末(オートバックスセブン):そもそも投資は思いつきではなく「将来こういうことをしたい」という大きなビジョンがあって、それを実現するための手立ての1つだと考えています。そうすると「これは投資しておいたほうが良い」「ビジョンとかけ離れているからやめておこう」という取捨選択もできるようになるのではないでしょうか。
CXを理解し、強みとするためには
富田(SAP):最後に、何らかの形でCXプロジェクトに携わっていらっしゃっている方、もしくは実施を検討されている方にメッセージをお願いします。
則末(オートバックスセブン):CXは誰のためのものかを考える必要があると思います。それはお客様のためでもあり、自社のビジネスの成長のためでもある。両者にプラスを生む「善循環」を成し遂げるためのものだと認識することが大切です。善循環をどう回していくのかをしっかり意識すれば、CXというものをおぼろげにでも理解できるのではないかと思います。
数見(トラスコ中山):店舗での買い物、ECでの買い物、今やどちらも一般的になっています。電子マネーなど、決済手段も多様化していますよね。そんな中、たとえばアプリでの注文プロセスがワンクリック多いだけでも、あるいは決済までの時間がたった1秒遅いだけでも「なんか嫌だな」と感じてしまうお客様がいるかもしれません。それほど私たちの感覚は研ぎ澄まされているのです。BtoCでもBtoBでも「CX」という言葉だけではなく、細かなところに目を向けることで違いが出てくるのではないでしょうか。
富田(SAP):ありがとうございます。本日の講演を通じて、来場者の皆様に「おもしろい」と感じたアイデアや「自社でやろう/やらないでおこう」と思うきっかけを、1つでも良いので持ち帰っていただければ幸いです。
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