学術的にブランドやマーケティングを学ぶ意義
MZ:最後に、社会人やビジネスパーソンの学びについても伺いたいと思います。田中先生は社会人向けにブランド論やマーケティングの講義をしてこられましたが、通われている方はどのようなモチベーションで学びたいと考えているのでしょうか。また、コロナ禍で学ぶモチベーションに変化はあったのでしょうか。
田中:モチベーションのあり方はあまり変わっていないのですが、今まで「潜在的に勉強したいと思っていた人」が学びやすくなったとは感じています。たとえば中央大学の場合、平日の夜の講義はオンライン、土日が対面ということに2022年度から変更になったのですが、このようにハイブリッドにしたことで志願者が増えているようです。家にいる時間が長くなり、オンラインツールが充実したことで、地方の人も首都圏のビジネススクールへのハードルが低くなり、学びたいという人が実際に行動に移しているようです。
MZ:私たちMarkeZineの読者の方々も、キャリアアップのためにメディアや本を読んだり論文に目を通したりして自発的に学ばれる方も多いです。現代は、これまでの定説や勝ちパターンが通用しなくなっており、答えのない問題に向き合う必然性が増しています。その課題を乗り越えるために、アカデミックな知識をどう学び、それをどう業務に活かしてキャリアを形成していけばいいのか、何かアドバイスがありましたらお願いします。
田中:最近ではリスキリングというキーワードもトレンドになっていますね。デジタルがこれだけ普及してきたので、広告やマーケティングに限らず、これまでのやり方や知識を一度整理してデジタル経験を組み合わせていく必要性が出てきたことも背景にあるのだろうと思います。
そうかといってデジタルだけでなく、既存の経営学や経営論もやはり大切です。星野リゾートの星野佳路社長は「経営学の本に書いてあることをそのまま実行しただけ」と話されていて、読んだ本の施策を全部実行するということで有名ですよね。これまで研究されてきた知識は決して無駄ではないんです。なぜかといえば、研究されてきたことは体系立てられているからです。
体系立てられているということは、知識と知識が数珠繋ぎになっているということです。実務現場で学んだことを大事にするのももちろん大切ですが、そういう知識をどのように結び合わせて自分の体系立った知識にするかということはとても大事な問題です。そしてその知識の体系化こそ、ビジネススクールに行く最大のメリットだと思います。
断片化された知識を体系立て、変化の激しい時代を乗り越える
MZ:実務で学んだ知識を体系化するスキルを持った人材は、今後よりニーズが高まりますね。
田中:今の世の中、知識は断片化されているので、それをつなげる人が必要です。なぜかといえば、頭のなかで知識が体系立っているとやはり現実に対処しやすいんです。
たとえば現在、エネルギー不足や国際情勢不安、円安であらゆる物価が上がっています。そこでどうすればいいかというと、まずは価格戦略についてきちんと押さえておくことが必要です。そうでないと、店頭価格をいくらにすればいいのかすらわかりません。
こんな話をTwitterで見かけました(参考記事)。スーパーで、売れ残りの200円のキャベツに「好きな値段を付けて売っていいよ」とチーフがアルバイトの女子高校生に言ったら、その子が5円の価格を付けました。安ければみんな買うだろうと考えたわけですが、結果は「安すぎて怪しい」「傷んでいるのではないか」と逆に敬遠されて、大量に売れ残ったそうです。
価格には適正な幅というものがあって、極端に安くても高くても売れない。それを押さえたうえで、では高く売るためにどうするか、安いけれど価値を感じて息の長い商品にするにはどうすればいいか、そういう実践の場で使えるのが価格戦略の体系立った知識です。女子高校生は「消費者は安ければ買う」という断片的な知識しかなかったために売れ残りを出したわけですが、もし価格戦略について体系的に学んでいたならば、こうした失敗は起こらなかったはずです。
知識は放っておくと、断片的なものになりがちです。マーケティングの世界はある意味常識的なことが多いのも事実で、わざわざ学ばなくても「常識で考えてわかる」といわれることもありますが、それを数珠繋ぎで体系立てておくと、変化が激しく先の読めない時代に適切に対応できると思います。それが学術的に学ぶ大きな意義ですし、興味があればぜひ学んでいただきたいですね。
