標識1つで道迷いがゼロになり、社会課題解決にもつながる
3つ目のテーマは「アプリやビッグデータで社会課題を解決できるのか」という大枠の話だ。小野寺氏によれば、「顧客起点の行動マーケティングの真髄」はここにあるという。
ヤマップでは昨年、「日本一道迷いしやすい登山道2021」を5つ選定。今回は特に神奈川県と山梨県にまたがる大界木山から浦安峠に着目して事例を紹介した。この地点はテレビのニュース番組でも取り上げられるほど注目されている間違えやすい分岐点で、YAMAPユーザーの位置情報でも、多くの登山者が間違った道を選択して、引き返したりそのまま突っ切ったりしており、先述の「フィールドメモ機能」にも投稿があった。
その結果を受けて、登山道の管理者が道案内の標識を設置。すると、その地点で道を間違える人がゼロになったという。登山者の安心安全、遭難者の減少、救助隊の稼働減少などの意味で社会課題解決につながっていると考えられる。
「道迷いを誘発するポイントを登山者の投稿によって特定できたということ、また、たった1つの案内標識で道迷いを防げると実証・可視化できたことに大きな意味がある」と小野寺氏は語った。

さらにヤマップでは、ユーザーのインサイトをつかみ、新しい価値を提案することを大切にしている。小野寺氏は「最も大切なのは行動する大義を作ること」だと話す。
たとえば、同じ山に年3回登る人は多くない。だがヤマップでは、東京・高尾山に1年に3回登ってもらう仕掛けを用意した。具体的には、古来より存在する正月・5月・9月にお詣りする慣習「お三度(正五九・しょうごく)詣り」のストーリーを利用。
その歴史をユーザーに紹介し、登山者にはそれぞれの季節をあしらったデジタルバッジをアプリ上で付与、3シーズン分を揃えると特別なピンバッジをプレゼントするイベントを実施した。これがユーザーの行動を変え、用意した1,500個のピンバッジを配布しきったという。
カスタマーエクスペリエンスを極めるには、「心の動き」を分析すること
この施策のポイントは、ピンバッジの配布ではない。「正五九詣り」という慣習を「大義」として利用したことだ。小野寺氏は初詣を引き合いに出してその意図を解説する。
「普段は神社に行かない人でも、初詣には行ったりします。それは、昔からの慣習であり、ご利益があると思うから行くわけですよね。これと同じで、慣習やご利益があることを知ってもらうことで、登山する大義を作ったのです。特に日本人はご利益を好む傾向があるので、行動を促すために有効だと思います」(小野寺氏)
このようにヤマップではユーザーの役に立つ情報を提供することで、「ユーザーから感謝の声が届くことは多い」と小野寺氏。有料会員へのアンケートでは、有料会員になった理由として44%のユーザーが「ヤマップを応援したいから」と回答しているという。これはカスタマーエクスペリエンスを突き詰めている結果だと言えるかもしれない。
最後に、小野寺氏は本セッションの3テーマをまとめるとともに、マーケターとして自身が意識していることを語った。
「数字を分析するのではなく、ユーザーの心の動きを分析する。行動変容を促し次のアクションにつなげる。この2つを非常に大切にしています。今後も、ユーザーの役に立つ情報を提供し、『ヤマップさんありがとう』と言われる。そんなことを目指しながら事業を成長させていきたいと思います」(小野寺氏)
