センサリー・マーケティングに向けられる目
しかしながら、センサリー・マーケティングの研究知見に対して疑いの目が向けられることも増えているようです。
理由の一つとして、既に公開されている研究と同様の調査を実施しても同じ結果を得られない「再現性の問題」があります。先述したウィリアムスとバージの研究についても、その後に行われた追試研究では想定された結果が得られなかったという報告「Replication of ‘‘Experiencing PhysicalWarmth Promotes InterpersonalWarmth’’ by Williams and Bargh(PDF)」も見られます。
さらに追い打ちをかけているのが、近年発覚したいくつかの研究不正です。センサリー・マーケティング関連の有望な若手研究者が研究不正により職を追われるなど、研究知見の信頼性を揺るがすような事態も生じてしまいました。
発表された研究知見のほとんどは、それぞれの著者が真摯に研究を進めてきた結果であり、不正が行われた研究というのはごく一部であるはずです。だからこそ、こうした疑念や懸念から、センサリー・マーケティング研究の知見が軽んじられてしまうのは非常に残念に感じます。
そこで2023年1月号の『マーケティングジャーナル』Vol.42, No.3では、日本を拠点とする研究者が進めている先進的な知見を紹介することで、改めてセンサリー・マーケティングの価値や貢献を検討したいと考えました。以下では、収録した5本の研究論文を紹介します。
センサリー・マーケティングへの理解を深める
センサリー・マーケティングの考え方を聞いて、行動経済学などでしばしば取り上げられる「ナッジ(人々が選択し意思決定する際の環境をデザインすることで、行動もデザインする手法)」を連想された方もいらっしゃるかもしれません。
中央大学の朴宰佑教授、上智大学の外川拓准教授、東京大学大学院の元木康介講師による「センサリーナッジ:感覚要因が健康的な食行動に及ぼす影響の文献レビュー(PDF)」では、これまでに行われた研究を取り上げながら、消費者が五感への刺激をきっかけにどのような食行動をとっているかが描き出されています。
センサリー・マーケティングという言葉からは、企業による利益追求の視点を強く感じられるかもしれませんが、本論文から消費者の幸福や健康に寄与するセンサリー・マーケティング活用の可能性を感じていただけるのではないかと思います。
中央大学の有賀敦紀教授による「パッケージデザインに基づく重さの推定と知覚(PDF)」では、心理学分野で課題とされている再現性の問題に向き合いながら、先行研究で導出されている「対象が下に配置されたパッケージを重く感じる」という知見の頑健性が確かめられています。
さらに実験3では、事前に重さを予測させた場合にはパッケージによる効果が消失するという結果が示されています。パッケージのレイアウトと重さの知覚に関する知見はもちろんのこと、事前に消費者が想起している内容によってパッケージの効果が変化してしまう点も、パッケージ制作を進めるうえでの大きなヒントになるでしょう。