道具を超えた本質の経験値を身に付けよう
――今後のマーケターに求められるスキルやマインドについて、音部さんはどのように考えていますか。
前編では、目に見える流行ではなく、その周辺にいる人間を見ることが重要だと話しました。そのためには消費者、つまり人間を洞察する力、洞察を通じてベネフィットを見出すことが重要です。
また「道具を超えた本質の経験値」を身に付けることが、変化する社会に対応する上で求められると思います。
――生活者の洞察は、多くのマーケターが意識していると思いますが、「道具を超えた本質の経験値」とはどういうことでしょうか。
以前、日本マーケティング学会の2022年度の研究発表大会「マーケティングカンファレンス2022」で「現在に転生した葛飾北斎は、時代遅れの役立たずか、希代のアーティストか」というテーマの講演を行いました。そのときの話を例に「道具を超えた本質の経験値」について説明します。
今、社会環境や購買行動は激しく変化し、新しいツールやフレームワークも日々生まれています。このとき、これまで獲得してきたスキルは役立たずになってしまうのでしょうか?
この答えを考えるために、会場の聴講者に「もし葛飾北斎が現在に転生したら、版画をCGに変えて、希代のアーティストになれるか?」と質問したのです。すると、8割の方は「希代のアーティストになれる」と答えました。
一方で、「『平家物語』に大弓の名手として出てくる那須与一が、大弓をライフルに持ち替えて一流の狙撃手になれるか?」を質問すると、「一流の狙撃手になれる」と手を挙げたのは2割でした。
ここからわかるのは、「特定の道具についての経験値は時代によって需要が変化し、道具を超えた本質について経験値は普遍的に機能する」という認識は、どうやら領域によって変化するらしい、ということです。
会場の方々は、北斎は版画というよりも二次元の絵画表現についてのスキルを持っているが、与一は大弓を扱うスキルなのでライフルは扱えない、と認識されたのでしょう。しかし、もしかすると与一は遠くの的に当てるというスキルを持っているという捉え方もできるかもしれません。
マーケターも同様に、具体的な道具の使い方といったスキルだけでなく、道具を超えた普遍的なスキルを蓄積できると、道具が変化しても活躍し続けやすいと思います。
――特定のツールや広告が扱えることよりも、洞察力のような本質的スキルを身に付ける経験が成長につながるわけですね。
はい。得られるスキルが特定の道具に作用しているものではなく、人間に依存しているものだと大きな経験につながりやすいと思います。たとえば、短尺の動画広告を作るスキルが高い人であれば、動画作成スキルというよりも、短い時間で視覚・聴覚を通して印象に残るコミュニケーションスキルが高いのかもしれません。このように整理できると、他の活動や道具にも応用できるはずです。