7.「一人称データ」から重いデータ側への転換
データを区分する視点として、「一人称データ/二人称データ」という榮枝用語もある。二人称データとは、スマートフォンやパソコンなどの画面に表示されている情報のことを言う。情報を表示する「話し手」は自分に相対している画面であり情報の送受信に分断があることを意味している。対して、一人称データとは、情報空間の中に自らが入って得るデータのことを指す。
わかりやすい例として、Meta Quest(VRヘッドセット)を装着した状態ならイメージしやすいだろうか。あるいは、メタバース上でTeams(Microsoft)で会議をしている自分や、Teslaの自動運転で見たかった景色を楽しみながら移動している自分も、一人称データを受けている。Teslaの自動運転から話題を広げると、自動運転における軽いデータ側は、たとえば地図データ(二人称)がそれに当たる。



一方の重いデータ側では、自動運転=命に関わるデータとして捉えることができる。世界で数百万台走っているTeslaから、許諾が取れた重いデータがどんどん蓄積されていくと考えたらどうだろうか。運転がより安全なものになり、自動車保険、医療保険の事業とも関連性が出てくるかもしれない。ちなみに、Googleも自動運転の実証実験を行っているが、「Google Maps」への展開しかなく、未だ重いデータ側へ転換できていない。
Teslaが着々と進める「垂直融合」
8.事業の垂直融合とは
Teslaの話題が続く。Teslaが2022年9月に披露したAIテクノロジー「DOJO(日本語の道場)」をご存知だろうか。先ほども話にあがったTeslaの自動運転車両から送られてくるデータをDOJOで学習させ、AIを鍛えている。要は、AIの道場だ。
ここで言うAIは、ChatGPTのような表面的なものではない。医療・金融・保険・教育と、人間の命や安全性に関わってくるレベルの話だ。そのレベルでAIを動かすとき、忘れてはならないのが高速スーパーコンピューターを動かす「電力パワー」と「(衛星)通信スピード」の視点である。人間の命を預かっているAIが電力不足で止まってしまったら、仮の話でも洒落にならない。
世界一のスーパーコンピューター「エクサFLOPS」機の計算スピード(FLOPS数/1秒間)は、1エクサ(,000が6個!)とされている。世界のビッグプレーヤーがエネルギー産業に参入し始めている背景が見えてこないか。
通信に関しては、「衛星コンステレーション」というワードが暗記用語として紹介された。衛星コンステレーションとは、特定の方式に基づく多数個の人工衛星の一群・システムを指す言葉だ。
たとえば、イーロン・マスク氏率いるSpaceXの「STARLINK」は、すでに約4,000基の通信衛星を稼働させており、一般ユーザー向けにも有料の通信サービスをサブスクリプション形式で提供している。これまでの通信衛星は1基で地球丸ごとをカバーできる位置(高軌道衛星=上空36,000km)を飛んでいた。STARLINKが従来と異なるのは通信衛星を飛ばしている軌道の範囲で、STARLINKの衛星は低軌道衛星=上空500kmのところを飛んでいる(図表5)。当然、通信スピードは桁違いに速くなるわけだ。通信衛星の数は必要になってくるため、「できっこない」と言われていたことが、いま現実のものとなってきている。AWSが海底に敷いているケーブルは、どうなってくるのだろうか……。

©2023 SHOEISHA Co., Ltd. / Best in Class Producers Inc. (MarkeZine vol.89)
マーケティングでは、リーチ、スケール化という言葉のとおり、垂直よりも水平で物事を考えることが多い。しかし、サービス、データ、AI、スーパーコンピューター、エネルギーインフラ、衛星と縦に、垂直に融合された事業モデルが出てきている。
「新しい概念や、新たに出てきている“変数”のようなものをキャッチしておけば、すぐに行動に移せますし、応用も利きます。その“変数”の向こうは、みなさんが思ってもみなかったような可能性につながる、が今日のメッセージです」(榮枝氏)
目の前に見えていることだけでなく、まだ見えていない、未来の重要なことへ。意識のアンテナをあげていこう。