AIが台頭しても残る“トップの仕事”とは?
有園:確かにファーストパーティデータを多く持っている会社なので、結果としてすごく興味深いシーンに立ち会えていると思いますね。
先ほど、AIが表に出てきたことで仕事がなくなっていくという話が上がりましたが、AIがバナーなど実制作をするなら、クリエイティブディレクターはAIにディレクションすることになりますよね。これもなくなるでしょうか?
西口:そうですね、大量生産のバナー制作やABテストの実行などは、ディレクションも不要になりそうです。ただ、本当にトップの仕事は残るのでは。
有園:具体的には、どのようなものでしょうか?
西口:データとして取り込めない新しい価値をつくったり、新しい組み合わせを考えたりする仕事は残ると思います。AIが元となるデータをもっておらず、ブレストを重ねて、クオリティの高いアウトプットを生み出すような領域です。今後はデータがなくても、想像して新規提案ができるAIも出てきそうですが、新しい商品やサービスづくりはまだ人間に残されているかなと思います。
有園:それって、クリエイティブですよね。少し脱線しますが、中学生の娘が最近変な言葉を使い始めて。「“1ミリ”もわからない」といった意味合いで「“1ピロピロ”もわからない」などと言うんです。別に流行っているのではなく、本人が思いついて気に入っているだけなので、まだどのAIもデータとして入っていません。そんな新しい何かを生み出す能力が、今後どんな人にも求められるのかもしれないな、と。
西口:そうだと思いますよ。データの世界では外れ値や異常値と呼ばれますが、過去に例がないような特殊な言動や嗜好は、N1に通じると思っています。ごく個人的だけれど、広く提案すると拡大していく可能性があります。1ピロピロも、それこそ何かのきっかけでAIに拾われて誰かが価値を見いだせば、ネットを介して爆発的に広がるかも。全国展開と、需要と供給の最適化はAIがやってくれますから。
外部に出さない独自データや知見が競争優位になる
有園:では、今後どういった領域が特に発展すると思いますか?
西口:注目しているのは、リアルテックの進化です。たとえば、自由に外出できない方がアイウェアのデバイスを通じて海外旅行の疑似体験をしたり、家族とまるで会っているかのように話したりすることは、もう実現しつつあります。
一方、その方がリアルに体を動かせるようにはまだなっていません。生産工程にしても、ロボティクスの進化スピードはソフトウェアに比べてとても遅いです。なので、これからはロボティクスへの投資が進み、リアルテックが急速に発展するのではと思います。
有園:なるほど。企業の競争環境としては、どう変化するでしょうか。
西口:競争優位をつくるのは、オープンなAIに“食わせない”独自のデータや知見です。その点、マイクロソフトはAzureをベースに、各企業にカスタマイズしたクローズドのGPTを提供されていますよね。これは非常に有用性が高いと思います。
AIやテクノロジー文脈においての競争優位性、価値の源泉は、自社でしか取れないお客様データやサプライチェーン上のデータです。特に、LTVの高い顧客の情報が重要です。他の顧客と何が違うのかが他社にわかってしまうと、たちまち模倣されますから、絶対に外部に出してはいけないと思います。
有園:LTVの高い顧客とは、まさに西口さんの「9segs」フレームワークで検出できるセグメントですね。
西口:そうですね。9segsはまったくの外部から競合のロイヤル顧客を見つけられるので、攻める立場だといろいろとやりようがありますが、逆に自社が探られると危険かもしれません。また、POSデータも顧客分析にもっと使えるはずです。AIにデータをインプットすれば、すべきことを教えてくれる時代になっているので、自分自身でもいろいろと触って試しながら、ビジネスにうまく生かせるといいと思います。