テクノロジーと広告の行先はいかに?注目が集まった作品
MZ:今年のカンヌライオンズで、最も印象的だった作品は何ですか?
石原:1つに絞るのは難しいのですが、私は元々「テクノロジーと広告の行先」に興味関心を持っているので、チタニウム部門でGoldを受賞したTUVALUの『The First Digital Nation』はとても印象に残りました。
これは日本では到底考えられないくらいスケールの大きなプロジェクトで、地球温暖化による海水面の上昇で国(島)が水没する危険の中にあるTUVALUが、国家の主権や国の文化、伝統、歴史なども含めてメタバース上に国を移行させようとしているものです。誰もがこれからの時代のメタバースの在り方やデジタルツインの在り方を模索している中で、『The First Digital Nation』は今後世界が注目していくケースになるだろうと思います。
また、カンヌライオンズに限らず、広告賞ではその広告アイデアを起点に審査員の意見交換が活発になるような作品が高く評価される傾向にあります。私はチタニウム部門の審査員ではなかったので実際はわかりませんが、進化するテクノロジーのど真ん中をいっている『The First Digital Nation』は、きっと審査員たちの議論を巻き起こしたのではないでしょうか。
審査員間で議論になった「テクノロジーとアイデアの混同」
MZ:石原さんは、今年Brand Experience & Activation部門のショートリスト審査員を務められました。審査するにあたって、Brand Experience & Activation部門の位置づけをどう捉えられていましたか?
石原:Brand Experience & Activation部門では「Idea20%/Strategy 20%/Execution30%/Result30%」という基準で審査が行われます。つまり、出てきたアイデアをいかに実行したのか? その結果はどうだったのか? という実行力と結果を重視する部門であることを踏まえて審査を行いました。
もう一点、Brand Experience & Activation部門では、広告に時間の制約はなく、体験の質が問われるということも意識しました。人々から広告が嫌われていく時代の流れの中で、昨今広告の尺はどんどん短くなっています。YouTubeショートしかり、TikTokしかり。「短ければ短いほどよい」「6秒で何を伝えられるか考えよ!」といったトレンドが5~6年前から出てきていますが、今回審査をする中で思ったのは、強いアイデアがある広告にはみんな興味を持って参加してくれたり、シェアしてくれたりするということです。広告であっても、おもしろいアイデアや十分な価値を提供するものであれば、人々は6秒どころか、60分でも6時間でも、ブランドに付き合ってくれます。
MZ:審査する際、石原さんの中で基準にしたことはありますか?
石原:“アイデア力”ですね。Brand Experience & Activation部門では、ジェネレーティブAIを題材にした作品が多数提出されていました。AIに絵を描かせたり、アート作品を作らせたり、本当に色々な作品があったのですが、審査員の皆さんとチャットで話していたのは「ジェネレーティブAI関連の作品はおもしろいものもたくさんあるけど、ほとんどの作品にアイデアがないよね」ということです。つまり、テクノロジーに走ってしまっていてアイデアがないという点が、審査員の間で最も問題視されました。たとえば資金力のあるブランドが何千万も、下手したら億に近い予算をかけて、素晴らしいVR空間を作っている。けれども、そこでやっていることは、普通のファッションショーだったりするのです。
審査員からは、テクノロジーとアイデアを混同してはいけないという意見も多く出ました。ですので、Brand Experience & Activation部門としてExecutionとResultを重視する前提はありつつ、そこに強いアイデアがあるかをしっかり見ていました。