モノだけでなく「推し」も対象?研究論文から理解する心理的所有感
1つ目の論文は、駒澤大学の菅野佐織教授による「マーケティングにおける心理的所有感の研究―近年の研究のレビューを中心に―(PDF)」です。この論文はマーケティングにおける心理的所有感に関する研究レビューであり、2015年以降の48本の論文を対象にレビューを行うことで、心理的所有感研究の現状と今後の方向性を検討しています。レビュー論文とは、その領域の研究動向を系統立てて収集し、整理したもので、その領域の道案内となるものです。
菅野教授の論文ではデジタル財やAIロボット/ARなど、幅広い対象における心理的所有感の研究動向と、心理的所有感の影響要因に関する最新の研究動向が示されています。こうした先行研究から導き出される研究課題は、今後心理的所有感を対象に研究を進める研究者にとって指針となるはずです。また、本特集号の他の論文の理解を深めるための優れた導入部であり、ガイドとなっています。
2つ目の論文は、成蹊大学の井上淳子教授・上田泰教授による「アイドルに対するファンの心理的所有感とその影響について―他のファンへの意識とウェルビーイングへの効果―(PDF)」です。この論文では「推し」と呼ばれるアイドルの応援行動に焦点をあて、推し(ヒト)を対象とした心理的所有感の構造を明らかにしています。
図1の事例の中では「音楽」「動画」が類似していますが、この研究はアイドルの有形・無形のコンテンツではなく、アイドル自体を対象として検討しています。本論文は心理的所有感の対象をヒトに拡張。近年注目を集める推しや「同担(応援する対象が自分と同じ他のファン)」といったアイドル応援特有の現象に着目した点が非常にユニークであり、アイドルに特化した心理的所有感の尺度を新たに構築している点で理論的な貢献があります。

近年、推しを持つという消費行動は幅広い世代に広がっています。推しを持つ読者は本論文の研究成果を、「自分ごと」として読むことができるでしょう。
アニメ・マンガや音楽コンテンツを対象にした研究
3つ目の論文は、慶應義塾大学の北澤涼平氏・小野晃典教授による「コンテンツビジネスの消費者としてのファン・マニア・オタク―リキッド/ソリッド消費と個人的/集団的所有感に基づく考察―(PDF)」です。図1には法的所有から法的アクセス、物質から経験への進化が描かれていますが、下部分のソリッド消費(永続的かつ物質的に所有される形の消費)が消滅したわけではありません。
それではどのような消費者が、どのような場合に、どのような消費形態を選択するのでしょうか。本論文の研究対象はアニメ・音楽・マンガですが、これらのコンテンツは様々な形態で消費者に提供されています。本論文においては4つの実験からコンテンツにおける心理的所有感とリキッド消費(一時的な使用権のみで所有を前提としない消費)およびソリッド消費の関係を解明しています。
本研究は優れた心理的所有感の研究ですが、それだけでなくコンテンツビジネス・リキッド消費・経験消費の論文としても学術的価値が高い研究となっています。
4つ目の論文は、中京大学の井関紗代専任講師による「コントロール欲求の個人差が音楽配信サービスへの心理的所有感に及ぼす影響―利用頻度の調整効果に着目して―(PDF)」です。著者の井関先生は気鋭の消費者心理学・消費者行動・認知心理学の研究者であり、日本語版心理的所有感尺度の開発者の一人です。
心理的所有感の動機としては、効力感・自己同一性・居場所の獲得・刺激が挙げられています。本論文では心理的所有感の根底にある動機としてコントロール欲求に着目し、音楽配信サービスに対する心理的所有感の醸成に、どのような影響を及ぼしているかを検証しています。
本研究も音楽コンテンツを対象としており、先述の井上・上田論文や北澤・小野論文と合わせて読むと、コンテンツビジネスにおける心理的所有感の理解がより深まるでしょう。